お小遣いを電子マネー。母親の意見、父親の意見


「お前一応FPだから、お金のプロだよな?一応」

古い友人との会話。

二度も「一応」を使われたことに、些細なプライドが傷付いたものの、

「まあ『一応』そうだな」

と返す。すると、

「子供の小遣いってさ、現金で渡すべきかね?それとも電子マネーの方が良いかね?」

そう聞かれた。

彼には小学校高学年になるお子さんがいるが、周りにはSUICAを持っている子が増えているそう。

それで支払う方が「スマート」と、仲間内での評価が高いそうだ。

そして、当然「僕も欲しい」となるが、彼の妻は反対している。

「お金の価値を学べない」というのが理由で、

「自分のお財布からお金を払う。だんだん減っていく。使えば減るという感覚を身に着けることが大事でしょ?」

そう言っているらしい。



なかなか面白いテーマだと感じ、それからしばらくはお子さんがいらっしゃるお客様にお会いすると、

「電子マネーでお小遣いってどう思いますか?」

と聞いてまわっていた。

その結果、お父さんは賛成、お母さんは反対という意見が多い。

父親たちの賛成理由は、

・現金は、無くす、盗まれるというリスクがある

・使用履歴が分かる

・どの道、そういう世の中(キャッシュレス)になるのだから、慣れるなら早い方が良い

などなど、キャッシュレスの便利さと将来性を評価する声がほとんど。

逆にお母さんには反対派ばかりで、友人の妻同様に「お金の価値が」という主張が多かったが、ある奥様がおっしゃっていたことが印象的だった。

「あげた感がないから嫌だ」

とおっしゃる。



お小遣いというのは子供にとっては給料のようなもの。

例えばトイレの掃除だとか、犬の散歩だとか、労働の詳細が決まっている家庭もあれば、そうでない家庭もあるが、要は「親の言うことをきく」ということの対価である。

ボスはお母さんで、お小遣いは子供に言うことをきかすためのツールともなる。

「電子マネーじゃありがたみがないでしょ?現金なら『言うこときかないと、あんた分かってるわね?』という感じが出るから」

とのこと。何とも正直な方だ。

日々小さな猛獣を飼い慣らす母親にとって、現金給付は「ご褒美の餌」として必要なものなのだろう。

このあたりの心理は昭和40年代の

給与を現金で渡すか?振込にするか?

という論争に似ている。

なお、その当時、「給料は現金でないと」と主張する男性が多かったらしい。

家に分厚い給与袋を持ち帰り、妻に渡す。

「お父さん今月もご苦労様でした」

そう言われ、晩御飯の時に普段は出てこない冷えたビールが添えられる。

俺こそ一家の大黒柱なのだ!!と強烈に主張できる貴重な時間だったわけだ。

しかし、かの有名な3億円事件(東芝府中工場のボーナスが奪われた)を契機に、

「やっぱ現金危ないよね」

ということで一気に銀行振込が浸透し、父親の権威を示せる貴重な舞台は失われる。

良し悪しは別にして「現金を渡す」という行為にはある種のマウンティング効果があるのだろう。




なお、「一応」お金のプロとしては、お小遣いが現金でないとお金の価値が学べない、という主張にはいささか違和感を感じる。

「お金の価値」

それは親子間で濃厚に遺伝する。

親の「お金」への考え方、接し方が伝播し、プラスマイナスに作用して子供の「お金感」を形成するのであって、お小遣いの渡し方一つで決まるようなものでもない。

それに人間は「減る」ことには敏感だから、それがお札や硬貨でも、数字の羅列でも同じだろうし、子供レベルなら「使えばなくなる」ということくらいが分かっていれば十分だろう。

流石に小学校低学年の子に電子マネーを持たしてしまえば、

「何でも買える魔法のカード」

と勘違いしてしまうかもしれないが、高学年にもなれば現金と電子マネーの差くらい分かる。

それくらいの年齢の子供は、ことお金に関してはこちらが思っているほど幼くはない。

「教育上は電子マネーでも問題なし。但し、子供の制御方法として現金は有効。母親が反対する潜在的な理由はそこにあると思われる。」

後日、このような結論を友人に報告すると「なるほど」と言い、こう続いた。

「でもお金にそんな価値を感じているなら、それを稼いでいる父親をもっと大切にして欲しいよね。」

「そうだな。我々も『一応』は大黒柱だもんな」

「一応か・・・なんか切ないな・・・」

稼ぐのは難しく、使うのは簡単。それがお金。

いつの時代もそれだけは変わらない。

使う方法が現金であれ、電子マネーであれ、稼ぐ方からすればどうでも良いのである。

本日のコラムでした。




3月 26th, 2019 by