人生の間際。観客のいるありがたさ、煩わしさ


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樹木希林さん、山本KIDさんが相次いでがんで亡くなった。

75歳と41歳。

人生100年時代からすれば、75歳も早いが、41歳なんて折り返しポイントすら過ぎていない。

また、私事だが最近お客様の40代後半の経営者が亡くなった。

社員思いの優しい方だった。

30代でがんを経験し、克服。

その後も非常に慎重に年に数回検査を受けていたが、残念ながら再発してしまいあっという間に旅立ってしまった。

保険屋という仕事柄、病気と闘っている方にお会いすることが多いが、大変失礼だが「恐らくは難しいだろう」とご本人も周りも思っている場合がある。

そのような方々には妙な透明感というか、死を覚悟した人間の独特な雰囲気が漂い、ちょうど世間の方が樹木希林さんに感じたような「格好良さ」がある。

そして人生をぎゅっと煮詰めて、更にそれを絞った「一滴」のような言葉は、非常にこちらの心に残る。

しかし、「ドン引き」されることを承知して言うが、

本当か?

とも思ってしまう。

死を目の前にした方に対して、誠に不遜な態度で申し訳ないし、我ながらひねくれているなと感じるが、そう簡単に割り切れるものなのかと思ってしまうのである。

いや、当然「簡単」ではないだろう。

葛藤があり、絶望があり、苦しみぬいた末の心境なのだろうが、それでも最後の最後に「諦められる」ものだろうか。

もちろん、一介の保険屋に本当の心情を吐露することもないだろうし、自分自身がその立場になったことがないので何とも言えないが、私なら到底無理だ。

自暴自棄になって手が付けられないまま、荒れ狂って死んでいくのではないか?

が、そういう方に会ったことがない。

変な言い方だが、皆さん非常に礼儀正しく亡くなっていく。

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「それはさ。『観客』がいる人たちだよ。」

そんな話をある会でしていたら同席していたドSの女医さんにそう言われた。

その方の病院勤務の経験では「ひどい人はひどい」とのことだった。

いわく、人間はそんな強いものじゃない。最後の最後までわめき散らして周りに迷惑をかけて死んでいく人も少なくないらしいが、そういう人は大抵、家族も友人もいない。更に言えば経済的にも窮している人が多いらしい。

「本質的には皆一緒じゃない?だって死ぬのは怖いでしょ。誰だって。」

その恐怖に負けず、最後の瞬間まで自らを律するには、「格好悪いところは見せられない」という「矜持」であり、そのためには見てくれている人が必要なのだそう。

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なるほどな。と思った。

女優、格闘家、経営者、お父さん、お母さん

ファン、社員、家族、友人

人生が充実していた人たちにはそんな「観客」がいる。

元気な時に光り輝いていたからこそ、最後の最後に観客をがっかりさせることは出来ない。

本当の心の葛藤などは分からないが、人生の総仕上げとして自分を練り上げ、そして舞台の幕を下すまで演じ切る。

そういう意味では、樹木希林さんも私のお客さん達も最後の最後まで「自分」を演じて死んでいったわけで、お見事としか言いようがない。

その演技に「本当か?」などといちゃもんを付けるのは無粋の極み。

子供が舞台を見て「あれは作り話だ」など嘯いているのと変わらないし、そもそも人生も死も作り話じゃないからね?怒

女医さんにそう激しくなじられて反省した。何故か昔からこの人には頭が上がらない。

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そう言っていたその方も40歳そこそこで亡くなる。

心筋梗塞だった。

えっ?そんなオチ?

と思われるかもしれないが、本当の話だから仕方ない。

周りをアッと言わせる観客無視の劇的な幕切れ。

しかし、これもこれであの人らしいな、とも思う。

 

私はどうだろうか?

うーん、いくら観客がいても(そもそもそんなにいないけど)苦しいのに格好つけないといけないのも嫌だし、人生の最後まで周りの期待に応えないといけないも何とも不自由で煩わしい。

出来れば女医さんのようにあっさりこの世を去って周りの度肝を抜きたいが、こればかりは選べないので考えても仕方ないか・・・

まあ、その時が来るまで一生懸命生きようね!!

良い話をしようと思ったのに、そんなよく分からない結論しか導けない本日のコラムでした。

 


9月 19th, 2018 by