「うちの主人の保険、解約したらいくらになりますか?」
契約者の奥様にこう聞かれることがある。
「えーと、そうですね。今だと〇〇万円くらいですねー」
軽い気持ちで答えたいところだが、これ一発アウト。
解約返戻金などの情報は「契約者本人」もしくは「契約者から委任を受けた者」にしか回答してはいけない。
「奥さんだったら良いでしょ?」
と思いがちだが、ルール上は答えてはいけない。
このことは、どの保険会社でも新人研修でしつこく教える。
とは言え、奥さんからすれば「我が家の保険」のことであり、何度も会っている担当者がそれに答えないのは印象が悪い。
そのため以下のような想定問答集のようなものが用意されている。
「誠に申し訳ございませんが、ご本人からのお問い合わせ、もしくはご本人のご承諾がないとお答え出来ないのです。なにぶん金融機関ですから、そのあたりは堅苦しくてご不便をおかけします。」
更に、
「私の方からご主人様に一本お電話しても良いですか?ご主人様にご了承頂ければすぐに調べて折り返します。」
となる。
このようなマニュアルがあるのだが、しかしどうだろう。実際のところ多くの営業マンは奥様からの連絡であれば答えてしまっているかもしれない・・・
しかし、これが後々大トラブルに発展することがある。
その理由は、離婚。

離婚する場合、「財産分与」を行うが、その対象は現預金、株、債権、不動産などで、その中には保険の解約返戻金も含まれる。
離婚に向けて虎視眈々と準備している奥様が、財産目録を調査している過程で保険の解約金に目をつけ「探り」を入れている可能性がある。
かくいう私も、今から10数年前、一度だけ「まあ、良いだろう」と奥様の質問に答えてしまったことがあった。
答えた後、「ありがとうございます。実は離婚しようと思っていて・・・」
と言われギョッとした。
後日、ご主人から聞いた話では、離婚を切り出されたと同時に、全ての財産目録が一覧になって出てきて、
「これはワタシ。これはアナタ。これとこれは半々」
テキパキと分配されたそう。
保険の返戻金について、情報を漏らしてしまったことを正直に詫びると、
「保険くらい、どうってことないよ・・・他でがっつり取られたから」
と肩を落としておられた。
元々はご主人の放漫な私生活が原因で「身から出た錆」とおっしゃっていたが、高い代償だったようだ。
私の「情報漏洩」は会社にも報告したが、今よりコンプラに緩い時代。
また当のお客様も問題視しなかったので、特に処分をされることはなく「今後注意するように」という程度だった。
この一件以来、奥様からの「返戻金は?」という質問には身構えるようになったが、数年後、全く同じ場面が・・・・
奥様からの電話。そして、冒頭にはっきりと「離婚するので返戻金を教えてくれ」と言う。
こちらの奥様とはお会いしたことがなく、保険プランはご主人との面談だけで決めた。
原則的にはご夫婦2人一緒に話を聞いて頂くのだが、ごく稀にどちらか一方だけということもある。
そしてこの方の場合、加入頂いたのは解約返戻金がない「掛け捨ての保険」で、返戻金はゼロ。ご主人から奥様にどのような保険なのか説明していなかったのだろう。
しかし、たとえゼロでもお答えするわけにはいかない。
「申し訳ございませんが、ご本人の了承なしにお答えすることは出来ません。」
そう言うと、余計に奥様の想像力を掻き立ててしまったのか、
「ざっくりとで良いんです。もちろん加藤さんから聞いたとは言いません。300万円なのか、500万円なのか。その程度で。ちなみに300よりは上ですか?」
もちろんずっと下。ゼロなのだから。
こちらとしてはそれにもお答えできないので「申し訳ございません。何とも言いようがありません」と繰り返すしかない。「返戻金なんてないですよ」と言えればよっぽど楽なのだが、何とも歯がゆい。
こんなやり取りをすること数分。埒が明かないと思ったのか奥様も諦めた様子だったが、最後にこう言われた。
「ではせめて、問い合わせがあったことは主人には黙っていて欲しい」

要は離婚の前工作がばれないように、ということ。
一瞬迷ったが、そんなことを耳に入れて離婚劇に巻き込まれるのも嫌なので、私は貝になった。(これは保険会社のルール上、違反ではない。奥様に対しての守秘義務がある。と解される。)
日本の離婚率は35%を超え、数字上は3組に1組が別れる時代。
実際、私のお客様も10組以上が離婚していて、中には結婚したばかりの幸せ絶頂の時に保険をお預かりし、数年後の離婚までを「看取った」方もいる。
保険屋としては離婚の際の立ち回りも、身につけなくてはいけないスキルの一つと言えるかもしれない。
さて、先ほどのご夫婦。
当然、しばらくして離婚の連絡が来るものと思っていたが、1年経っても2年経っても何の音沙汰もない。そのまま私が担当を外れるまで連絡はなかったので、恐らくは問題が解決したのだろう。
もしくは色々調査をした奥様が「何の資産もない」ということに気付き「まだタイミングではない」と判断しているのかもしれない。
だとしたら、知らないのはご主人だけで誠に怖い話である。
本日のコラムでした。
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