白血病エールに見る「for you」「for me」の視点


競泳の池江選手が白血病であることを発表し、次に様々な分野の人たちの「コメント」が報道されはじめている。

このブログでも何度も同じようなことを書いているが、保険の仕事を通じて「大病」を患った方々を多く見知っているので、このような場合、

そっとしておく

というのがベストであると感じる。

「心配してます」

というスタンスも、心配される方からすると意外と重荷。

家族であっても、配偶者、親、兄弟、子供くらいならまだしも、微妙な距離感の親戚などの「心配」に対しては何かしらのコメントのような、具体的な感謝を示さないといけないので、病と闘う身からすると、厄介だと意見も多い。

ましてや赤の他人からのメッセージにいちいち反応するにはシンドイだろう。

更には「絶対大丈夫!!」、「絶対治る!!」などという言葉。

言いたくなる気持ちはわかるが、どうなのだろう?・・・

医者でもあるまいし、何を根拠に?と思ってしまうし、ましてや医者ならそんな無責任なことは絶対に言わない。やはり白血病は簡単な病気ではない。

そんな病気とこれから闘う18歳の女の子が、世間からの「エール」に対して健気に対応している姿は、若い頃から注目を集めてきた人間ならではの義務感なのだろう。そう思うと頭が下がる。



前職の保険会社。

入社してまず初めに言われたことが「for you」、「for me」というフレーズ。

相手のためか、自分のためか。常にそれを意識して言動をコントロールしなさい。という発想というか、教えのようなもの。

「目に見えない『保険』という商品を販売する我々にとっては『言葉』だけが武器」

だからこそ、常に「for you」な言葉を発しなくてはいけない。「for me」が出た瞬間、それはネオンサインのように自分の額に煌々と照らされ、お客様はすぐ気づく。とのことだった。

綺麗ごとと言えばそれまでだが、それくらい極端なことを教えないと、営業マンなんてどうしても自分の数字優先の「for me」になってしまうので、会社のマネージャーは繰り返し

「それ、本当にfor youか?」

と誡めるのである。

「for you、for me」は社内で合言葉のように使われ、会社のイベントなどである人が自己中な行動をすると、

「出たぁ!!フォーミィー!!」

などと野次られる。振り返ると、何とも不思議な文化だ。




その、for you、for meという視点で報道されている色々な方々のコメントを見ると、そのほとんどが「for me」だと感じる。

だが、自身も白血病を克服したアルビレックス新潟の早川選手がこうおっしゃっていて、まさにその通りだと思った。(一部割愛)

「選手として活躍されていて、周りの多くの方はどうしても綺麗なドラマのように、復帰して再び活躍する姿を見たいと期待していると思いますが、まずは一人の人間として元気になってくれることを僕は願っています。」

そして、こう続く。

「僕自身、いろいろな人から温かい想いをいただいたことが、間違いなく大きな力になっています。しかし、それを背負い過ぎることなく、また期待を意識し過ぎずに自分のことを第一に想って進んでほしいと思います」

「だからこそ、白血病を経験した僕から周りの方々にお願いがあります。池江選手に温かい優しさをたくさん与えてほしいと思います。そういう想いが必ず池江選手の力になると思っています。それは、僕自身も感じてきたことでもあるからです」

はっきりは言ってはいないが「温かい優しさ」とは、すなわちファンも俄ファンもマスコミも

「騒ぎすぎるな」

ということだろう。

ご自身も苦労したからこそ出る真のfor youだと感じる。

我々が唯一出来ることと言えば骨髄ドナーに登録することくらいで、それ以外に素人がやれることはない。温かく見守るしかないのである。

それとは対照的な某オリンピック担当大臣の「がっかり発言」

あのおじさんの仕事も、我々同様「言葉が命」だと思うのだが、まるで場末の酒場のおっさんが、酒に酔って口にするようなコメントで、まさに自分目線のfor me大爆発。

「for you、for me研究所所長」としては看過出来ない。

是非とも次の選挙で落選して欲しい。for me目線でそう思う。

本日のコラムでした。




2月 14th, 2019 by