習志野のトム・クルーズ。
人は彼をそう呼ぶ。
トム・クルーズ風のサーファー風のくたびれたおっさん。という感じか。

1年前。そんな彼から電話がかかってきて、こう言う。
「俺の小遣い、10日で1万円なんだけど、どう思う?」
更にこう続く。
「あと、朝のゴミ出しと犬の散歩をすると100円貰える。1ヵ月間、1日も休まずに『コンプリート』するとボーナスとして+3,000円」
つまり10日の1回の1万円と、朝の「仕事」で月3.3万円。ボーナスがあれば3.6万円ということか。
弁当などを用意してくれるわけでもないので、昼飯代を含めるとギリギリ。
「コンプリートボーナス」がないとキツイらしい。
「どう思う?」
改めてそう言われても特にコメントはない。
要は自分の窮状を訴え「少なすぎるだろ?」という同意を求めているのだが、ここで安易に「そうだな」と言うわけにもいかない。
「『3.6万円は低い』友達の〇〇もそう言っていた」
夫婦喧嘩の際、〇〇に私の名前でもはめられた日には、トムの奥さん、私は会ったことがないが、彼曰く「習志野のアンジェリーナ・ジョリー」の反感を買うだけで、何のメリットもない。

答えにつまり、データに逃げた。
「新生銀行のお小遣い調査って知ってるか?」
1979年から会社員を対象にした調査で、2019年の結果は以下の通り。
・男性会社員の平均お小遣いは 36,747円
・前年比 -3,089円となり、調査開始以来2番目の低さ
・世代別では40代が最も低い
20代 37,548円
30代 37,436円
40代 33,938円
50代 38,051円
景気が良いはずなのに、前年から大幅ダウンとなったのは、働き方改革で残業が減ったことが要因。
多くの家で「残業代=お小遣い原資」となっており、それが減ったことで「お小遣いも」となったのだろう。
また、40代が低いのは、学費や住宅ローンなどの出費が重なることによるもの。
全世代平均 36,747円。40代平均 33,938円。
これと比較すると彼(40代)のお小遣いは「標準的」で、コンプボーナスを得れば40代平均よりは多いことになる。
「と言うことだ。奥さんがしっかりしているということだな。」
容易に賛同を得られると思っていたところ、統計データまで持ち出され、トムは消化不良。愚痴は止まらない。
「しっかりなんてしてねーよ!!だってさ」
と、今度は犬の話に移った。

アンジェ似の彼の奥さんは愛犬のノンちゃん(ヨークシャーテリア:オス)を溺愛しており、海外製の高級な餌を与えているそう。
他にもトリミングや病院など、その費用だけで月に数万円。
それが彼のお小遣いが少ない一因でもあると言う。
「全然、しっかりなんてしていない。犬の無駄使いのしわ寄せが俺に来ている」
「ダンナは犬以下だよ・・・」
そう自嘲する彼にかける言葉はない。
そのため、トムはこの犬のことを心の底から憎んでいて、散歩中も「目も合わさない」そうだが、当のノンちゃんは毎日散歩に連れていってくれるトムが大好き。
だからなのか、トムがアンジェに虐められていると、ウゥ~!!と唸り声を上げて噛みつくそうだ。
それにショックを受けて更にヒステリーを起こすアンジェ、八つ当たりされるトム、噛みつくノン。
海外映画のパロディのようで想像しただけでも面白いが、そこには何の出口もない。
「そんなに金欲しいなら、副業でもしろよ。」
そう言うと、
「確かにそうだな。良いアドバイスありがとう!!」
と明るく電話を切った。

それから1年。
再び彼から連絡が入る。
何でも彼の妻が「稼げる副業」を見つけてきたので、協力して欲しいと言う。
話を聞くと、無農薬、無〇〇酸、無〇〇成分(〇〇のところは忘れた)の「ペットフード」の販売を始めたらしく、それさえ食べていればワンちゃんは健康で長生きできるそうだ。
アンジェのペット仲間から紹介されたらしい。
「へー、でもうち犬いないよ。」
我が家にも犬がいれば付き合いで買ってあげても良かったのだが、肝心の犬がいないのでは協力しようがない。
しかし、トムの話は思わぬ方向に。
「いや、そうじゃなくてさ。俺がスーパーバイヤーで、お前にシニアバイヤーになって欲しいんだよ。で、下にどんどんバイヤーを付けるだろ?そうすると、売れた分だけ、俺とお前に金が入ってくんだよ!!凄くない?」
それを人はネズミ講(マルチ)と言う。
犬にネズミになんとも動物好きの夫婦だ。
既になけなしの貯金で数百万円分の「ペットフード」を仕入れたと言う。
末端価格にすると5,000万円にはなるそうだ。
思わず絶句したが、もう止めることは出来ない。
「そうか。俺は遠慮しておくが頑張れよ・・・小遣い増えると良いな。」
そうエールを送る。
「だな。エグゼクティブバイヤーの人からは『毎月100万円のお小遣いが稼げますよ』って言われてるから、頑張るよ!!」
スーパーの上はエグゼクティブ。そのことだけは理解出来た。
「何事もチャレンジだから!!」
トムはそう言って明るく会話を終えた。
彼の「チャレンジ」は完全に間違っているが、それでも1年前に愚痴しか言っていない頃よりは輝いて見えた。そんな気がした。
トムとアンジェとノンちゃんに幸あれ。
習志野の空に向かって、そう祈る。
それくらいしか私に出来ることはない。
本日のコラムでした。
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