40歳を過ぎて感じる「戒め役」がいることのありがたみ


imasime

先日、古くから親しくお付き合いさせて頂いている経営者との会食があった。

待ち合わせ場所のお寿司屋さんには、待ち合わせの19時「5分前」に着いたところ、その社長は先にお店におられた。

「遅れてすいません。」

と席に着くと、

「あれ?前にブログで、『接待は30分前に店にいて、外で待て!!』って書いてませんでしたっけ?」

と、おっしゃる。

事前にちょっとしたトラブルがあった事情もあるが、付き合いも長いので「5分前なら大丈夫」という慢心があったことは事実で、その心根を見透かされたような気がした。

曰く、

「驕ってはいけない」

ということを、色々な例え話でご教授頂いた。

尊敬する経営者の金言に、こちらとしては冷や汗タラタラで、「確かにその通りです。」と頭を垂れるしかなかったが、とは言え、別段、怒っているわけではなく、その方は社長を長く務めていらっしゃるが故に、経営者は常に自分を厳しく律しなければ、結果、増長し

「裸の王様」

になりかねない。ということを知り抜いていて、そのことを教えて下さったのだと思う。

昔はやっていたのに、今はやっていない。というのは、怠慢だし。つまり驕りだろう。

ousama

確かに、こんな会社とも言えないような小さな会社でも、一応は「社長」という肩書があり、また40歳も過ぎて業界歴も長いと、目につくところがあっても誰も注意してくれない。

初めの頃こそ自由で気持ちが良いが、それも年数を重ねてくると、

「これで本当に合っているのか?」

と不安な気持ちが増えてきて、それが年々澱のように溜まっていく感覚がある。

周りは、こちらが何を言っても、facebook並に軽い、

「良いですね!!」

しか言わない。

つまりは、「自分を強く信じる」しかないのだが、この「強く」は油断すると、傲慢や驕りにつながる。しかも自分では気づかないから質が悪い。

だからこそ、冷静な指摘は本当にありがたい。

ふと思うと、先日ご一緒した社長を含め、厳しいことを言ってくれる人は数人しかおらず、若い頃から「怒られまくった」私としては少々寂しい気もするが、だからこそ、こういう「戒めてくれる方々」を大事にしないといけない。そう思う。

 

来年の目標は

「1か月に1度。戒め役の方と会い、指導を仰ぐ」

と決めた。

誘われるのを待つだけでなく、自ら機会を作って会いに行き、耳に痛い言葉を聞く。

自分のような、すぐに浮かれてしまう「浮き草」には、そんな重石になってくれる人が必要なのだ。

自戒の念を込めた、本日のコラムでした。

 


12月 13th, 2017 by