アートにとって保険業界は「頼りになる友人?」それとも「憎むべき敵?」


とある美術館の企画展。

遠い国まで出かけないと見ることが出来ない巨匠の作品が来日。

2,000円のチケットが飛ぶように売れ、連日超満員の長蛇の列。

しかし、この2,000円、半額近くが「保険料」であることはご存知だろうか?

本日はそんなお話。

アートの世界と保険業界は切っても切り離せない仲である。

その関係性を、ある美術関係者がこう表現していた。

「最も頼りになる友人。最も憎むべき敵。」

いざという時には巨額の保険金を用意してくれるが、そのためにとんでもない保険料をふっかける。そんな「愛憎」をうまくあらわしたコメントだと思う。

実際、美術館などが支払う保険料は、年間予算の20%~30%を占めるケースもあり、その負担はかなり重い。

一体、何のため?

企画展などで、作品を「招く」時の保険である。

美術界では、作品を貸す時「Wall to Wall」というルールがある。

A美術館の壁(Wall)から外されB美術館へ。そこでの展示を終え、再び元の壁に戻るまで責任を負うというもので、その間の事故やトラブルに備え、招く側のB美術館が保険をかけるのである。

注:ちなみに自館所有の作品に保険をかけることはない。

保険料は評価額の「0.3%」が相場と言われているが、実際には決まったレートはなく、作品ごと、開催国、美術館、運搬方法などによって計算される。

アートの世界には、ウン十億、ウン百億の作品はごまんとあり、仮に総額500億円の企画展を開催しようとすれば、保険料は1.5億円程度(0.3%)と想定される。

1.5億円は2,000円のチケットで7万5,000人分となり、その企画展が30万人、40万人を動員出来れば良いが、15万人程度の動員なら、

「収入の半分は保険料に消えた・・・」

ということになってしまう。

なお、余談ながら、これらの企画展における「作品のレンタル料」がいくらかご存知だろうか?

仮に価値100億円の作品を借りたとしたら・・・・3ヶ月で1億円?それとも2億円?

正解は「ゼロ」

無料である。

美術品は人類全体の財産であり、素晴らしい作品をより多くの人の目に触れさせることこそ美術界の使命。そんな建前から、レンタル費は発生しない。

ただし、実務上は各美術館の学芸員(クーリエ)が、

「この間はうちの『あれ』を貸したのだから、今度はそちらの『それ』を貸してくれ」

と言った相互依存の関係にあるため、要は「持ちつ持たれつ」ということなのだろう。

個人コレクターにおいても、ほとんどの場合、偉大な作品を所有する者の「マナー」として無償で提供されるそうだ。

余談ついでにZOZO創業者の前澤さんも現代アートのコレクターとして有名だが、自身の所蔵品を各国の美術館に広く無償レンタルしている。このあたり、ただの女優好きオジサンというわけではない。

つまり、借りるのはタダであることが多く、だからこそより保険料が目につく。

しかし、今から10年前(2011年)これらの事情が変わった。

それが国が創設した「美術品補償制度」(文化庁管轄)

これにより、海外から招いた作品に関しては1,000億円までを国家補償することに(ただし免責50億円)

「人類の宝」である美術品に対する責任を、個々の美術館に負わせるのは酷であること、保険料などの高騰が美術館の経営を圧迫していることなどから、これらの制度の設立に至った。

同様の制度はヨーロッパや北米などでは1970年代から存在しており、日本も遅ればせながらというところだ。

なお、本制度は民主党政権下(2009~2012)で設立されたものであり、そのため美術関係者の中には「数少ない善政」と評価する向きが多い。

だが、本制度

免責金額(50億円)が大きすぎる

という欠点があり、実際には美術館が負担する保険料はさほど下がっていない、という話もある。

「50億なら保険料は安くなるのでは?」と思うかもしれないが、実はそうでもない。

保険会社が提示する保険金はあくまで「最大」であり、満額支払うことはほとんどないからだ。

例えば先に挙げた500億円の保険と言っても、全作品が灰になるような事態は想定しずらく、作品の中の一部が損傷し、数億円から数十億円の賠償となるケースがほとんど。

そのため美術館が「50億円までで良い」と言っても、保険会社からすれば「500億円の価値のあるものの保険」であり「ちょっとでも傷が付けば数十億円」というリスクは変わらない。

そのため、保険料はさほど下がらないだろう。
(例:500億円で保険料1.5億円→50億円で保険料1億円など)

と言うことで、今でも保険業界はアートにとって

「頼りになる友人、そして憎むべき敵」

であり続けている。

本日のコラムでした。

 

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9月 25th, 2021 by