何とも面白い事件だ。
ソニー生命の子会社を舞台にした元社員(石井怜容疑者 32歳)による詐取横領事件。
手口としては極めてシンプルで、バミューダ諸島にあるソニー生命の関連会社「SAリインシュアランス」の解散手続きのドサクサに紛れて、170億円を石井容疑者が自身が管理する口座に不正送金したというもの。
通常、これらの送金には上司の承認が必要なのだが、それらの「承認」も偽装し、巨額送金をやってのけた。
但し、こんな杜撰な手口なのだから、すぐ捕まる。
そして、本人もそれは覚悟の上だったのだろう。
・逮捕前に資産を隠匿
・逮捕されても黙秘
・恐らく数年の実刑 & 民事訴訟で巨額賠償
・出所後、海外逃亡
・隠匿した資産を現金化
恐らく、こんな流れを「夢想」していたのだと思われる。
実際、不正送金が発覚した8月からつい最近まで170億円の行方は知れず、「たくらみ」は半ば成功しかけていた。
しかし、そうは問屋が卸さない。
この事件に米FBIが参戦。
あっという間にビットコインに化けた170億円を見つけ、無事、押収した。
しかも、この数ヶ月でビットコインが値上がりし、207億円になっていたというではないか。
207億円のうち、170億円は被害者のソニー生命に、差益の37億円はアメリカ政府か日本政府の国庫に収められるそうだ。
さて、この事件。ソニー生命にとっては170億円の被害より、バミューダ諸島にある子会社「SAリインシュアランス」の名が、大々的に報じられることの方がバツが悪かったのではないか?
保険業界の人間であれば、この社名を聞いてピンと来る。
「リ」、「インシュアランス」
「リ」は「再び」、インシュアランスは「保険」で、日本語では「再保険」となる。
バミューダ諸島に再保険。
これは1970年代から存在するタックスヘイブンを利用した代表的な節税手法で「キャプティブ」と呼ばれるものである。
別段違法ではないが、何となく見られたくないところ見られた・・・そんな感じだろう。
このスキームを理解するためには、まず「再保険」を知る必要がある。
再保険とは、保険会社が自社で引き受けるリスクを分散するために、別の保険会社に保険料を支払い、リスクの一部を負ってもらうことを指す。
例えば、保険会社A社が、契約者Xから死亡時10億円の保険契約を預かったとしよう。
A社は保険会社なので、Xが死亡すれば10億円を支払うし、当然それくらいの支払い余力(資産)はあるのだが、とは言え、通常時、それらの資産の大半は運用に回っている。
つまり、国債や株などに形を変えているので、手元にキャッシュがあるわけではない。
無論、Xの1件くらいなら払えるが、これが100件、1000件となると話は別。
地震などの天災で、大量の犠牲者が出て「支払いが重なる」というようなことも想定出来るので、それらのような緊急事態に備えて、リスクを分散させる必要がある。
そこで、再保険をかけるわけだ。
Xから預かった保険料の一部を再保険会社B社に支払い、「万が一の時には5億円(10億円の半分)を払ってね」という約束をしておく。(契約条件はかなり複雑なので、これはあくまで一例)これにより、リスクを分散させる。
なお、この再保険会社というのは世界中にあり、更に再保険会社同士でも「再々保険」などをかけているため、その全容はかなり複雑である。
これが再保険の仕組み。
先に述べた「キャプティブ」では、タックスヘイブンに「自社専用の再保険会社」を作り、そこにリスクの一部を「再保険」という形で受けさせる。
先のA社であれば「A再保険」を設立するということ。
だが、ちょっと勘の良い方であればすぐに気づくであろう。
「それって意味あるの?」
と。
A社とA再保険は、実態として「同じ会社」なのだから、その関係で再保険をかけたところで、リスク分散にはならない。
そう、まさにその通り。これ自体には何の意味もない。
そのため「真のリスク分散」のために、このA再保険の先で、世界中の再保険会社との間で再々保険をかけるのである。
つまり、A再保険はただの窓口・通過点でしかなく、そのためほとんど実態がないことが多い。
本来であれば、A社が直接、再保険会社と契約すれば良いはずだが、何故こんな面倒なことをするのか?
それには2つの理由がある。
1 A再保険を挟むことで、そこに中間マージンを発生させる
2 その中間マージンに一切課税されない(タックスヘイブン)
ここでストックした利益を更に再投資し、雪だるま式に増やす。
それが「キャプティブ」の概要である。
注:ここでは節税目的をメインに説明したが、その他にも日本国内では購入出来ない再保険(ニッチなリスクに対応した商品)に加入出来る、等のメリットもある。
ほとんど知られていない手法だが、保険業界だけでなく、石油、商社、海運、製造などで、タックスヘイブンに再保険子会社を持っている会社は意外とある。
ちなみにこれらの手法。先にも述べたが違法ではない。
ただ「クリーン」とも言い難い手法であるため、自ら大々的にその存在に言及することはなく、これらの子会社は影に隠れた存在でもある。
また、税金がかからない、ということは、公的な監査がないため、どうしてもガバナンスが緩くなる。
某製造業大手のキャプティブなどは「一部の役員の秘密のお財布」とかし、その資金でプライベートジェットや、高級車、別荘などが購入されているとか、そんな話も聞く。
ソニー生命は金融機関であるため、キャプティブを「本来の目的」のために使っていたのだと思うが、それでも本体ほどには厳密に管理していなかったのだろう。
それが一社員の暴走に繋がった面は否めない。
なお、このキャプティブ。
2018年にタックスヘイブン税制が強化され、海外の再保険会社の利益にも課税されることとなったため、今では「意味がない」ものとなっている。
このためにSAリインシュアランスも解散。
そして、その過程で事件が起こる。
だが、その結末は170億円が207億円に増えた、というもので、世にも奇妙な
「被害者なき詐欺事件(逆に儲かる)」
となった。
本当に面白い事件である。
本日のコラムでした。
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