袴田事件に思う「人生」の価格


2億1,700万円

47年7カ月間の拘束の代償。だそうだ。

刑事補償法によると、刑事事件で身柄を拘束され無罪が確定した場合、1日あたり1,000~12,500円が補償されるのだが、本件では最高金額の12,500円が適用される見込みで、計算すると

12,500円×17,369日(47年7ヶ月)=2億1,711万円

となる。

いわば「失われた人生の価格」とも言えるだろう。

袴田事件。

マスコミで報道されている通り、強引な自白と、捏造が疑われる証拠によって死刑判決となったが、長い再審請求運動により、先日、無罪が確定した。

なお、これを受け、検察トップである検事総長が

「捜査機関のねつ造と断じたことには強い不満」

とコメントしていたが、本事件が「あの時の静岡県警」で発生したことを思えば、捏造の可能性は極めて高いと言えるだろう。

紅林 麻雄(クレバヤシ アサオ)

冤罪事件を扱った書物やドキュメンタリーでは頻繁に登場する人物で、昭和20年代、30年代の静岡県警の捜査を主導した刑事だ。

非人道的な拷問や、違法な取り調べ手法を駆使し、自白を強要。

二俣事件、小島事件、島田事件など数多くの冤罪事件を生み出した。

袴田事件には直接関与していないが、当時の静岡県警に「紅林方式」が染み渡っていたことを思えば、袴田事件においても同様の捜査手法がとられたことは想像に難くない。

検察幹部が「あの時の静岡県警」のことを知らないはずはなく、そう思えば先の発言も面子を保つだけのすかしっ屁のような悪臭が漂う。

話を賠償に戻す。

先の金額を見て、ほとんどの人は「1日1,000~12,500円」という点に疑問を持つだろう。

「犯人扱いされたのに安くないか?」

ということだ。

もちろん安い。安すぎる。

だが、そのトータルである2億1,700万円についてはどうだろうか?

残念ながら、こちらは「妥当」かもしれない。

現実問題として2億円は「巨額」であり、私自身、保険の仕事を通じて様々な賠償に関わってきたが、例えば交通事故などで人が亡くなったとしても、その賠償金額、つまり「命の価格」が2億円を超えることは稀だ。

経営者や医師など高収入の方が30代などで亡くなった場合に、これくらいの金額になることがあるが、通常の会社員であれば、なかなか2億円には届かない。

これらの計算方法はネットに多く出ているのでここで詳細は触れないが、

「収入があっても、生きていればこれくらい(だいたい収入の40%)は自分で使うだろう」

という「生活控除率」という概念があり、その分が減額されてしまう。

そのため金額は意外と伸びないことが多いのである。

交通事故などで命を奪われた「命の価格」

無実の罪で長期の拘束を受けた「人生の価格」

どちらもお金に換算することなど出来ない。

しかし、現代社会では謝っても済まないこと、謝っても元に戻せないことはお金で決着するしかなく、そしてそこには長い長い交渉の歴史(判例)がある。

その点からすると、悲しいかな2億1,700万円は「ある意味では妥当」ということになってしまうかもしれない(あくまで私が色々な事例を見た感想)

もちろん、これから国家賠償に発展するとのことで、今回は裁判所も証拠の捏造を認めていることから、おそらくは袴田さん側の主張の大部分が認められ、それなりの賠償金額になると思う。

しかし、結局のところお金ではない。

真犯人、そしてそれを捕まえることなく無実の人間に罪を被せた刑事、検察官。

袴田さんに心から謝罪をし、自身の罪を償わなくてはいけない人たちのほとんどは、おそらくもうこの世にいない。

そして、本来であればそれらの過去の亡霊を代表して頭を下げるべき現代の検事総長や警察幹部が、組織のメンツのために言い訳をしている現状は情けないとしか言いようがない。

なお、余談ながら先に触れた紅林刑事は晩年、違法捜査を問題視され2階級降格の交番勤務を命じられ、警察を去った。そして、その後酒に溺れ55歳という若さで亡くなる。

神様は見ている。

袴田さんの人生を奪った人たちの最後がロクなものでなかったことを信じたい。

本日のコラムでした。

 

 

 

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10月 11th, 2024 by