麗しきボーイズクラブ 成功者のたどり着く先


「こんな世界もあるのだな」

率直にそう思った。

とあるゴルフ倶楽部。

「名門」と評されるコースは多いが、その倶楽部は歴史、格式ともに最高級で、当然ながら会員の同伴がなければ中に入ることすら出来ない。

クラブハウス訪問時やプレー中にもドレスコードがあり、マナーにも極めて厳しい。

会員になるためのハードルも高い。

現役会員複数名の推薦、それも平会員ではダメで、ある程度の重鎮の保証がなければならず、更にプレースタイル・マナーのチェックをするメンバーと一緒にラウンド、その後、面接を行い、それらに合格して初めてメンバーとなれる。

当然、高額の入会金も支払う。

何年もかかってようやく入れた・・・

〇〇(超有名企業)の社長が落ちた・・・

等々、入会にまつわる逸話には枚挙にいとまがない。

そんな名門コースを回る機会に恵まれた。

日ごろお世話になっている経営者が会員で、知人の経営者を招待する際の「オマケ」として声がかかったのだが、事前に様々な「ルール」についてもご指導いただく。

その方とは何度もゴルフをご一緒したことがあるが、なんせこちらは育ちが悪い。

シャツのど真ん中に髑髏マークがあるような下品なウェアしか持っておらず、ゴルフバックも迷彩柄。

まさにチンピラ丸出しで、そんな普段の恰好をご存じだったので「くれぐれも頼むぞ」と念を押され、仕方がないので全て無難なものに買い替えた。

当日、やや緊張してクラブハウスに入る。

「メンバーとすれ違ったらちゃんと挨拶すること!!」

そう言われていたので、すれ違う人全てに大声で「おはようございます!!」と頭を下げた。

別に会員になりたいわけでも、なれるわけでもないのだがご招待いただいた方に恥をかかせてはいけない。

最大限に気を使い、正直、プレーをする前に疲れ切ってしまった。

で、肝心のラウンドだが、本当に素晴らしいコースだった。

熟練のプロフェッショナルたちが代々手入れをしてきた芝やグリーンの仕上がりは完璧で、とても美しい。

コース脇に並んでいる木を一つとってみても普通のコースとのそれとは太さが違う。

まさにこれこそがこのコースの「歴史」を物語っているのだろう。

気持ち良く18ホールを回らせて頂いた。

プレー後「帰る前に一杯飲もう」と誘われるままにレストランに入る。

驚いたのが、レストランがほぼ満席だったこと。

これは他のゴルフ倶楽部ではなかなか見られない。

もちろんどこにでも飲んべえはいて、プレー後に宴を張る方はいらっしゃるが、ここまで多いところは見たことがない。

そもそも酒を飲む、ということは「帰りは自分で運転しない」ということだ。

運転手付きか、タクシー、電車で帰るか、近くに泊まるか。

つまり、ここでお酒を嗜んでいる方々はそれなりの経済力を持っているということだろう。

当然身なりもきっちりしていて、多くの方が仕立ての良い濃紺のブレザーと白いワイシャツを着用していた。

そんなメンバーたちが各テーブルで盛り上がり、そしてテーブルの上にはワインやウイスキーが並んでいる。見ると1本数万円もするものばかり。

メンバー同士は顔見知りも多いのか、たまたま会った人たちが立ち話をしたり、私を連れてきてくれた方のところにも、他のメンバーさんが頻繁に挨拶に来られていた。

なお、話を伺うと倶楽部の雰囲気としては

「ゴルフ好きが集まっているだけ」

という価値観だそうで、世俗での肩書や収入などは関係ないそうだ。

むしろそれをひけらかしたりするのは無粋の極みであり、実際、某有名企業の経営者も横柄な態度が原因で総スカンを喰らったとのことだった。

80代、90代の「重鎮」もたくさんいらっしゃるので、50、60代くらいの経営者が威張っていても「小僧何を言うか!!」くらいのものなのだろう。

ここに集まる方々は当然ながら誰もがひとかどの人物。

お金も地位もあるのだろうが、それには重い責任も伴う。

人からはうらやましく見えても、当の本人は意外と大変なのだ。

そういった人たちが世俗の鎧を脱ぎ、ただのゴルフ好きのおじさんに戻って先輩後輩関係の「部活ノリ」を楽しむ。

現代の秘密結社と言うか、ボーイズクラブと言うか。

成功者が一周まわった後にたどり着く世界。

そんな印象をもった。

全く格式も品位も異なるが、私が通っている空手の道場にも似たようなところがあり、道場内では仕事の話はほとんどしない。

「道場の門をくぐったら世間での肩書や地位は捨てて『真っ白』になりなさい。道着が白いのはそういう意味です。」

入門して間もなく、ある先輩からそう言われ、非常に感銘を受けたがそれに共通するものを「名門倶楽部」にも感じた。

一定の年齢になると、自分を装飾するものがごちゃごちゃと増えてくるが、それらにさしたる意味も価値もないことは自分が一番知っていたりする。

そんな人たちにとって、何者でもない「ただの自分」に戻れる場所はかけがえのないものなのだろう。

しかし、正真正銘に何者でもなかった若者が苦労を重ねて成功し、歳をとって行きつく先が元の場所というのも何とも人生の皮肉と言える。

本日のコラムでした。

 

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4月 26th, 2026 by