およそ芸事は緩急と陰影 50代セールスの独り言


「およそ芸事は緩急と陰影」

私が子供だったころ、亡くなった祖母がよく口にしていた言葉。

浅草で商売をしていた祖母は、自他ともに認める「歌舞伎狂い」で、暇があればしょっちゅう歌舞伎座や新橋演舞場に出かけていた。

その祖母が言うに、芸に重要なのは「緩急」と「陰影」なのだと言う。

歌舞伎は門外漢だが、敢えて例を挙げて説明してみよう。

ある場面。

女形が演じる女性が何かしらの理由で愛する男性と別れなくてはいけない。

男性のもとから去り、舞台下手に速足で歩いていく。しかし未練があり、ふと歩を止める。

後ろを振り向く仕草を見せるが、完全には振り返らない。

未練と、それを断ち切るとする女の葛藤を描いた「芝居」だが、すたすたと歩き、どの間で止まるのか?ピタッと止まるのか?それともゆっくりと止まるのか?振り返ろうと葛藤するのは何秒なのか?

歌舞伎では明確な「型」が決まっているので、この芝居にもある程度の目安がある。

あまり長すぎると感情表現が過剰となってしつこく感じてしまうし、早すぎると薄情になる。

歌舞伎のもつ数百年の歴史で培われた「間」があり、それが口伝で繋がれているのだろう。

これらが芸の緩急。

そして続けて祖母の言葉を借りれば「緩急は訓練(練習)」だと言う。

一定以上の基礎力がある役者であれば、訓練でこの「型」を身に着けることで、その人物を演じることが出来る。

しかし、そんな同じ型でも、違う役者がやるとどうしても差が生まれる。

理論上、型があるのだから同じように仕上がるはずだがそうはならない。

もちろん練習量による上手い下手もあるが、それ以上に差が出るのが「陰影」だ。

人によっては「華」とか「艶」などとも表現されるが、その役者が持つ人間力と言うか、深みと言うか、それが芸に出る。

この陰影だけはなかなか言葉にすることは難しい。

「陰影は経験」

祖母曰く、そういうことらしい。

愛する人との辛い別れ、身も裂かれるばかりの別れ、それを「経験」した役者と、一度もそんなことがなかった役者。

その両者の経験の差が芸の陰影となる。

だからこそ、年齢と経験を重ねた役者がこの役を演じた場合、体の柔軟性やスタミナの面においては緩急(訓練)で若い役者に劣っていたとしても、深い陰影をともなった芸で観衆は一気にその場面に感情移入する。

つまり、緩急は練習をすればある程度の形になるが、陰影だけは人生経験を積むしかなく、一朝一夕には「芸」にならない。

さて、この話、自身の仕事である営業にも通ずることが多い。

特に40代後半になったころからそう思う。

営業(私の場合は保険)にも緩急がある。

トーク、そして商談全体を通した緩急。

トークは分かりやすい。お客様を引き付けるためにテンポに緩急をつけ、声量に強弱をつける。

またアポイントについても、鉄は熱いうちに打て!!で短期間で何度もお会いして話を詰めていくか、それともとお客様に合わせてゆったりとした頻度で話を進めるか。

このあたりにもそれぞれのスタイルが出る。

一般的に若いセールスパーソンは功を焦り、トークのテンポや声量も「早め・強め」で、商談も短期間に進めたがる。

しかし、年を経れば無理に押せば強い反発が生まれることも熟知しているので、むしろお客様のペースに合わせた方が良いということも分かってくる。

だが押すところは押す。

パワーを使って大げさな緩急をつけずとも、最小限の力で済ます。

全体的に省エネ化していくと言えば分かりやすいか。

そしてこれを実現するのが「陰影」だと思う。

「これが良いと思いますよ」

商談が佳境に入ったタイミングで、ある商品を推奨する。

もちろんこちらにはそれを推す理由が複数あり、若い時にはそれらをいちいち細かく説明していた。

しかし、ある時からそこまで話をしなくても、お客様の方から「そうですね」とおっしゃって頂ける場面が増えた。

「この人がそういうのだから、きっとそうなのだろう」

会話を通じて、この人はプロだ、信用して良いだろう。そう感じてもらえるかどうか。

若い頃は経験の無さを勢いの良いトークで補っていた。

しかし、30年近くセールスをしてきて、色々な場面に立ち会い、たくさんのお客様に得難い勉強をさせて頂いた。

様々な病気との闘病、そして生死を見て、そこで保険がどのように役立つのか?逆に役に立たないのか?それを知った。

その上での「これが良い」という一言は若い頃の同じセリフと「陰影」が違うのだろう。

しかし、それに胡坐をかいているわけではないが、肝心のトークの方は本当に力が落ちてきているようにも思う。

ふと言葉が出てくなるし、専門用語を忘れてしまうことも増えた。

ある分野が伸びれば別の分野が衰え、営業も芸の一つだとすると、その完成を目指すのは何とも難しい。

本日のコラムでした。

 

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9月 28th, 2025 by