オトナの涙の処方箋


空手の話。

道場でいつもお世話になっている先輩が大きな大会に出ることになり、その試合に同行した。

試合前のアップを手伝ったり、試合中に残り時間を伝えたり、要はボクシングのセコンドのような雑用係だ。

その先輩は道場でも1,2を争う実力の持ち主で、50代中盤、かつ私より30キロも軽いのに、いつもボコボコにされてしまう。

その日はとても調子も良さそうで、初戦から順調に勝ち進み、いざ決勝。

相手を全く寄せ付けず、全審判一致の判定勝ちで完全勝利を飾った。

次の瞬間。

人目も憚らず、号泣されていた。

過去に何度も優勝しているシーンを見ているし、体力的にはもっと厳しい道場内での昇段審査などにも立ち会ってきたが、泣いているのを見るのは初めてだった。

思わずこちらももらい泣きをしてしまったが、シニア枠とは言え全日本の名を冠した大会での優勝。

つまりは目標だった「日本の頂点に立った」わけで喜びもひとしおだったのだろう。

話は変わる。

次はゴルフ。

今度は古い話だが、14,5年前だろうか。

あるコンペに参加した際、ある経営者と同組になった。

当時、私は35歳くらい。その方が多分、50代中盤くらいだろうか。

もの凄く上手い方で、狙ったところにピタリと飛んでいく。

聞けばハンディキャップ8の「シングル」だと言う。

しかもその日は「のっている」とご自身でもおっしゃるくらい調子が良く、バーディを連発。

前半のスコアはなんと33。

だが、ランチ休憩の際、とても表情が暗いではないか。

ご本人の談では、

「実は70を切ったことがない。前半が良いと意気込んでしまい後半必ず崩れる」

と言い、食事ものどを通らない様子だった。

さて後半。

パーを取ったかと思うとボギーを叩き、次でバーディ。

前半とはうって変わって波の激しいゴルフになった。

結果、後半37。合計70。

プレー終了後、クラブハウスに戻る道中、ご本人は目頭を押さえていた。

確かに泣いていた。

プレッシャーに負けた自分に腹が立ち、悔しかったのだろう。

マナーとして見て見ぬふりをしたが、同時に

「泣くほどに熱中しているものはあるか?」

自分の心にそう問いかける。

空手の先輩も、この方も、50代になって泣くほどに嬉しく、泣くほどに悲しく、そして常人では考えられないほどの努力を重ねる。

傍目から見れば「おっさんが泣いている」だけだが、そこには心に響く美しさがあった。

 

ああ、そう言えば私も一度だけ空手で泣いたことがある。

まだ入門して間もない頃、初めて組手をした時。

うちの道場は「フルコン系(フルコンタクト空手)」と言われるもので、拳も蹴りも実際にバチバチに当てる。

その日は先輩3人と組手をしたが、3人とも60歳を過ぎた黒帯で、正直なところ「おじいちゃん、そんな強いのかね?」と疑問を持って参加していた。

が、実際にやると「これが60代か?」と思うくらい強い。

控えめに言ってボコボコにされ、フルコンの「洗礼」を受けた。

帰り道、「ジジイども、いつかは絶対ぶっ飛ばしてやる・・・」などと思いながら、自転車を濃いでいたが、信号で止まった瞬間、急に涙が出てきた。

自分でも訳が分からないほどに。

嗚咽をするほどに。

当時、私は母の介護をしていた。

ALSという難病を患い、日々、体が動かなくなっていく。

そして、娘の中学受験も佳境に入り、その送り迎えやフォロー。

当然、仕事もある。

介護、受験、仕事、日々様々な問題が起こり、頭の中で考えることは目まぐるしく変わる。

こんな時こそ、自分の感情を入れず、全てのことを「現象」として捉えて、淡々と対策し、着実に行動することが重要だ。

40代後半。

若い頃、外資系生保で鍛えられ、零細企業ながら起業して10年。

海千山千を超えてきた私にはそれが出来た。

はずだった。

だが実際には違った。

弱っていく母を見ているのは辛かった。

 

何がきっかけかは分からない。

初めて組手の心の高揚感か、それとも鍛えられた拳で殴られた身体的な痛みか。

おそらくは後者だろう。

パンパンに膨れた風船のような私の心は、些細な「トゲ」で破裂し、抑え込んでいた感情が溢れ出す。

「ああ、今おれは辛いんだ」

ひとしきり泣いた後、そう思った。

自分でも驚くほど体と心が軽くなっていることを感じた。

考えてみれば滑稽な話だ。

常に冷静沈着に、何事にも心を動かされない自分。

そんな鎧に身を包んでも、自分の心さえ見えていなかったわけだから。

 

その1年後、母はこの世を去り、娘の受験も終わり、しばらくは燃え尽き症候群のようになっていたことは、過去、何度かこのブログでも触れた。

そういう意味では今の私には「泣く」要素は何もない。

何か熱中するようなものが欲しいが、まあ飽き性だからなぁ。

空手も冒頭の先輩のような努力は出来ないし、ゴルフはさほど好きじゃないし。

まあ、努力でも辛くても何でも良い。

おじさん、おばさんになってもたまには「泣いて」みなよ?

そう問いかけたい本日のコラムでした。

 

 

 

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6月 21st, 2026 by