友がみな我よりえらく・・・


若い頃、高収入を得ている人の話を聞くと、憧れや嫉妬などが交じり合った複雑な感情をもったものだ。

特にそれが同世代であったりすると敗北感を感じ、何の意味もなく落ち込んだりしていた。

しかし、保険、不動産という商材を扱っている関係で、様々なお金持ち・資産家と知り合うと、「お金=幸せ」というわけでもないことを実感する。

実際の研究でも、年収300万円くらいから年収700万円、800万円くらいまでは収入の増大に比例して「幸福度」が増すが、それ以降はさほど上がらないことが分かっている。

むしろ、あまりに大きなお金があると、それをあてにした身内・友人間でのトラブルなども発生し、それらの「苦労」が幸福度を下げてしまうようなケースもある。

つまり、持てば持ったなりの苦労がある。ということ。

そのことを知るにつれ、収入に関しての憧れのようなものは少なくなってきた。

もちろん自分もそれなりに稼げるようになったから、と言う面もあるが。

ある意味での達観。それでも、この歳になって(50歳)時々もやっとすることがある。

先日、極めて近しい古い友人と食事を共にした時、彼の今後の身の振り方についての話題になった。

自身で起業した会社を同じ業界の大手に売却し、引き続きその会社で働いていたのだが、彼自身はその売却により大きなキャピタルゲインを得ているので、正直なところ金には困っていない。

「もう辞めて自分の好きなことをしたい」

そう希望していたのが、彼は極めて優秀でありその企業も手放しはしない。

挙句、「辞める」「いてくれ」の攻防の末、役員の椅子を用意する。とのオファーがあったそうだ。

「買われた外様」としては異例の待遇だろう。

さてどうしたものか。

ということ。

別段アドバイスなどもないので、ただの壁打ち相手として話に付き合っていたが、後日、「1年間だけ役員をやってみることにした」との連絡があった。

またその会食にはこれも長い付き合いの後輩が同席していた。

彼もまた大手企業の要職にあり、更には副業でやっているビジネスが絶好調で、そちらで年数千万円の収入があると言う。

なんだかまぶしく感じた。

社会からその人物、その能力を求められ、高収入を得る。

もちろん私だって・・・

セールスという能力でこの世に立ち、結果、多くのご縁を得て今に至っている。

敢えて自分で自分を奮起させれば、様々なお客様から色々なことを相談され「頼りにされている」とは思う。

その結果として安くない収入も頂戴しているので、別に何かを後悔しているわけではない。

ただ、大きな企業で大きな予算を管理し、責任ある立場で大きな仕事をする。

お金よりパワーに対しての憧れ。

そんな彼らに一瞬だけ嫉妬した。のかもしれない。

友がみな われよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て妻としたしむ(石川啄木)

会が終わり、駅に向かい途中にあったケーキ屋で妻と子供が好きそうな、フルーツがたくさん乗ったケーキを買った。

石川啄木の歌通りに花を買うのも芸がないし、我が家は「花より団子」派。

何が言いたいわけでもない。

ある日の、ある感情の話。

本日のコラムでした。

 

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10月 26th, 2025 by