担当部長 40代「心」の通風


久しぶりに小学校からの友人と酒を酌み交わしていると、彼がため息交じりに言う。

「この間の人事異動で『担当部長』になったから、俺もここで終わりだよ」

今までは「部長」で、今度は「担当部長」

一体何が違うのか?

企業の人事に詳しくない方にはピンと来ないかもしれないが、「担当」の2文字があるかないかは大違い。

ラインの部長と担当部長

などとも言われるが、分かりやすく言えば「複数の『課』を従えた『部』」のトップがラインの部長で、一般的なイメージの部長。リアル部長ともいえる。

対して担当部長は、いわばバーチャル部長で、実際には管轄する「部」がない。

また、部下がいない場合も多く、権限もリアル部長よりかなり限定される。

長年の功績に対して贈られる尊称のようなもので、業務的には「一人親方」、社内の雰囲気としては「ご意見番」という感じだろうか?



いずれにせよ、友人が言うように「これ以上はない」という印象を持つ。

なお、ややこしい話だが「リアル部長」になる前に「担当部長」の肩書を踏ませる企業もあり、こちらは「部長見習い」という意味あいになる。

リアル部長を補佐しつつ「次を狙う人材」という位置付けなので、この場合は悪い肩書ではなく、金融機関などにはこの形態が多い。

このように会社ごとに事情は異なるものの、基本的に「担当部長」という肩書はあまりポジティブなものではない。というのが一般的な見方だろう。



で、件の友人。引き続き暗い。酒がまずくなるくらい暗い。

彼の会社は上場こそしていないが、テレビCMも流している有名企業で、「そこの部長」であれば「担当」の有無に関わらず、対外的には高い評価を受けるはず。

だからこそ、

「肩書なんて気にしているのは本人だけ。周りからすれば部長は部長だろ」

そう慰めた。

それでも忸怩たる思いがあるのだろう。

その気持ちは分からないでもない。と思っていたら、

「自分で会社やってるお前には分からない」

と言うので、売り言葉に買い言葉で

「そんなもん分かりたくもないわ!!」

と返してやった。

お互い「ヤンキー大国 足立区」で育っただけに、彼の気性は激しく、いつもなら「ふざけんな!!」と反撃が来る。

しかし、この時は「だよな。フッ」とおとなしい。

いよいよ深刻だ。




「でもさ、部長まで上がったことだけでもスゲーじゃん。部長までいく人も一部だろ?」

あまりの負のオーラに、がらにもなく優しい言葉をかけてしまった。

しかし、

「言われなくてもそんなことは分かってんだよ!!」

と、謎の激高。

何故にここでキレられるのか?・・・

精神不安定な人間の地雷はどこにあるのか分からないから怖い。

「贅沢な悩みだってことは分かってる!!でも、今まで頑張ってきて『ここで終わり』って言われるんだぞ?あとは同期や後輩に抜かれるだけだぜ?」

「まあ、他人からすれば小さな話かもしれないけどな・・・」

「!!」から「?」の連続。そして「・・・」終わり。

怒り、問い、沈む。

乱気流のような感情に、こちらはついていけない。

頭の中では彼にかける言葉を探していた。



「いやー、四十にして惑わず、って言うけど、君、惑わされ過ぎだなー」

ダメだ。こんな茶化すようなコメントは絶対ダメだ。再び怒るか、もしくは沈むか読めない。

あれもダメ、これもダメと考えていたが、追い詰まった挙句、直感的に頭に浮かんだ言葉を「ええい、ままよ」と吐く。

「痛風だな。贅沢病の。心の通風だよ、お前」

全否定してしまった・・・それだけでなく、

「世の中には生きるか死ぬかの人が大勢いるんだぞ」

という保険屋風味の副菜まで添える。

ヤバい!!そう思ったのも束の間「痛風?痛風かぁ」と彼が呟く。

何やら妙に納得している様子。

「確かに痛風はつらいらしいな。激痛だろ?」

「ああ、激痛だよ。」

「でも贅沢病だもんな。」

「ああ、贅沢病だよ。」

「その痛みは本人にしか分からないしな。」

「ああ、分からないよ。」

オウムもびっくりのオウム返しである。



そうか痛風か。上手いこと言うな、アッハッハッハ」

おいおい今度は笑ってるよ・・・

だんだん狂人に見えてきた。

「でも痛風抱えて65歳まで働くのも大変だ」

「会社員なら誰だっていつかは痛風だろ?社長にならない限り」

「しかし40代中盤で痛風は辛いな」

「いや、あのイチローだって45歳で痛風だぜ?」

「イチロー・・・か」

何やら薄笑いを浮かべて手に持った焼き鳥を眺めている。

イチローの引退に自分の姿をなぞらえているのだろう。

困った時のイチローだ。誰もがイチローという巨大なスクリーンに自分の何かを投影する。

当然ながら彼とイチローでは「月とスッポン」、いや「月とミドリガメ」くらいの違いがあるが、そんなことを言えば、今まで積み上げてきた世界感が崩れ去ってしまう。



こんな出口のない話が続き、時刻は夜の10時をまわっていた。

「こんな時間か。帰るか。色々愚痴って悪いな。今日は俺に払わせてくれ」

そう言って勘定を持ってくれた。

外に出ると、この間までの寒さが嘘のように暖かく、夜空には桜の花びらが舞っていた。

「じゃあ、また」

駅で別れる際、彼が痛風の発作が出たように右足を引きずる「フリ」をして改札に向かう。

そんな自虐ネタに思わず笑ってしまったが、その背中に

「ご馳走様!!担当部長!!」

と声をかけた。

「うるせえ!!『担当』が余計だ!!」

こちらを振り向きもせず、いつもの調子で返す。

少しは元気が出たようで安心した。

本日のコラムでした。



 

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4月 6th, 2019 by