今から随分前の話になるが、ある70代の方にこう言われたことがある。
「自分が死んだら。ある物を処分して欲しい。そんなことを請け負ってくれる業者を知らないか?」
その「ある物」とは一体何なのか。
その中身について明確には教えてくれなかったが、話から察するに「昔の恋人、愛人」に関するようなものらしかった。
その方は資産家で遺言書も用意しておられたので、
「遺言書でその旨を書いておかれては?」
と提案してみたが、
「バカタレ!!遺言書なんか全員が見るだろ!!そこで〇〇だけ処分しろなんて書いたら、余計に想像力を刺激してしまうじゃないか!!」
と叱責された。まあ、そりゃそうだ。
要望に当てはまるようなサービスを探してみたのだが、今から10年以上前の話で、当時、遺品整理はやっていても「ある特定のものだけ」を、しかも「秘密裡」に処分するようなものはなかった。
この方はまだお元気なので、恐らくはその後何かしらの対策をとったはずなのだが、なかなかお会いする機会もないまま今に至る。
昨今、同じような悩みを耳にする機会が増えた。
きっかけは「デジタル遺産」
死後、PCのハードディスクやクラウド上のデータ、更にはスマホを遺族に覗き見られる。
それにより色々な「秘密」がばれてしまうリスク。
アメリカでは生前に指定しておいた情報に「アクセス制限」がかけられる法律もあるが(州により異なる)、日本ではデジタル遺産は原則的に相続人のものとなる。
ハードディスクもスマホもSNSアカウントも「相続人」、つまり配偶者や子供のものということ。
しかし、冒頭の方のような女性関係に関わるものは勿論、男性なら誰でも心当たりのあるアダルトコンテンツ。しかも、アブノーマルな志向を持っている場合、
「死後も知られたくない」
という意見も多い。
もしくはSNSで裏アカウントを持っていて、そこに職場の先輩や友人、更には旦那の悪口などを書き込んでいたりすると「こんなもん見られたら二度死ぬわ!!」ということになる。
ちなみに、facebookは規約として「相続」を認めていないので、このような場合、本人が亡くなれば「解約・アカウント停止」となるはずだが、前述の通り「法律(民法)」としては相続人のものなので、サービス事業者と相続人、
残されたデジタルデータは一体どちらのものなのか?
という議論は、未だに決着がついていない。
欧米では裁判に発展したケースもあり、ベルリンで電車と接触して亡くなった15歳の少女の母親が、それがいじめを苦にした自殺なのか(電車の運転手は少女が「飛び込んだ」と証言)、事故なのかを探るために娘のfacebookメッセンジャーの「相続」を申請したが、それを拒否したfacebookとドイツの最高裁まで争っていた。
そして、つい先日(2018年7月)、最高裁は
アカウントは相続人のもの
という判決を下し、娘の過去のメッセンジャー履歴へのアクセス権を母親に認めている。
今後、類似の判例が蓄積されてくれば方針が決まってくるのだろうが、やはり原則的には相続人のものということなのだろう。
これらの課題を解決するために、様々なアプリも開発されている。
一定期間アクセスをしないと、事前に指定しておいたファイルを自動消去してくれるアプリが一般的だが、あくまでファイルだけで、アカウントなどを閉じる機能はない。
また、このアプリの存在を忘れ、長時間起動しなかったことにより誤ってデータを消去してしまった。などのトラブルも結構おこっているらしい。
近い将来には体の中にチップを埋め込んで、生体反応がなくなれば、生前の指示通りに各種のデータを消したり、アカウントを閉じるようなサービスも出てくるかもしれないが、現時点では「秘密」を消し去ってくれる完璧な方法はない。
結局のところ、死後、家族に自分の思わぬ一面を知られてしまう恐れは拭い切れないのである。
こんなことを考えていたら、冒頭で述べた方の「対策」が妙に気になってきた。
元々会社を経営されていて、頭が切れる方なので、凄い方法を編み出したのではないか?
数年ぶりになるが、お電話してみたところ変わらず闊達で、元気にお過ごしになっていらっしゃるとのこと。
ご無沙汰していることを詫び、本題を切り出す。
「ところで、以前、亡くなったら処分して欲しいものがあるっておっしゃってたじゃないですか?」
「ああ、そんな話もしたね。」
「結局、どういう方法を?何だか気になって」
「そんなことで電話してくるとは君も暇だな」
と笑う。
そして、こう続いた。
「実はね。2年前に妻が亡くなってしまってね。」
二度ばかりお目にかかったが気品のある物静かな奥様だった。
「そうだったんですか。」
「そう。だから隠す相手もいなくなってしまったよ。」
と豪快に笑った。
いわく、妻にだけは。と思っていたが、先立たれてしまうと何のことはない。2人の息子に見られたところで、その時には自分はあの世。それに
「同じ男だから分かってくれるだろう」
とのことだった。
「秘密なんてそんなもんだ。まあ、長生きするのが一番のバレない方法だな。」
強がりとは分かっていても「流石ですね」と返すしかない。
「近くに来る事があったら一杯やろう。」
そう言われて電話を切った。
確かに誰よりも長生きすれば秘密もクソもない。
しかし、それもそれで寂しいものだろう。
そもそも「秘密を守る理由」は、自分のイメージを損ないたくないという保身もあるが、それを知ってしまった相手にショックを与えたくない。という心理もある。
ある種の「愛」なのだ。
もちろん我が身の不始末が原因なのだが・・・
そんな話を妻にしたところ「ふーん」といささかつれない反応だった。
言外には「で?何を隠してるの?」というニュアンスがある。
どうやら私も長生きしないといけなくなりそうだ。
本日のコラムでした。
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