母性の欠落は誰のせい?


息子を可愛いと思えない

その女性はそう言った。

随分前のことだが、お客様と訪れた日本海に面した山陰のとある県。

季節は冬だった。

一軒目で海の幸に舌鼓を打ち、さて二軒目はどうするか?そう思った時、呼び込みの若いお兄さんに呼び止められた。

初めての町。

どこに何があるかも分からないし、日本海から吹き付ける寒風あまりにもきつい。

酒も入っていたので「騙されるのも一興」と目の前のお兄さんの誘いに乗ってみる。

繁華街と言っても地方の街。

わずか200メーターほどの一本道の周辺にお店が集中しているのだが、案内されたのはその通りから外れたビルのワンフロアで、店内に入ると、正直、びっくりするくらい高級感が漂う店だった。

聞けばそのエリアでは有名な高級キャバクラだそうだ。

この手のお店では女の子が客席をグルグル回るが、何人目かにその女性が現れた。

綺麗どころが集まるお店でも一際目を引く美人で、スタイルもよく、そして陳腐な言い回しだが、肌が透けるほど白い。

地方の夜の街で出会う美人は格別なものがある。

乾杯!!から始まり、数分後、色々と話をすると、華やかな容姿とは裏腹に落ち着いていて、人の話を良く聞くタイプ。

日本海、美人、聞き上手。

まるで演歌の世界だが、それなりに会話をしていると、何と言うか人間に影がある印象を受けた。

これは上手く伝えられない。

私のような人と会う仕事をしている者の直感と言うか、違和感と言うか。

何がその影を作っているのか?このような時、よせば良いのに、そのご本尊を確かめたくなってしまう。ある種の職業病だろう。

色々と聞くとバツイチで、21歳の時に男の子を産み、そこからほどなくして離婚したそうだ。

「ああ、それじゃシングルマザーだ。大変だね」

何となくそう言ったが、やや食い気味にこう言われた。

「いえ、子供はモトダン(元旦那のことだろう)のところに置いてきたんです。」

離婚イコール親権は母親、シングルマザーは皆大変という思い込み。

浅はかにも「これが影の大元か?!」と目の前に立った瞬間、ラリアットを喰らったような衝撃を受けた。

ここでフロアのボーイさんが「〇〇さんお願いします(キャバクラではこれが合図で女の子が入れ替わる)」と声をかける。

えっ!!ここで終わり?

続きを聞かずにはいられず、咄嗟に「いや、ここにいなさい」と指名してしまった。

今思えば、女の子とボーイさんのセットプレーのような気もしなくもないが、まあ良い。

話を続ける。

この段階で私の妄想は膨らんでいた。

ああ、きっとモトダンの義母が

「この子はうちの跡取り息子よ!!別れるならアナタ1人で出ていきなさい!!」

となじられ雪の中放り出されたのだろう。と。

完全に日本海設定に影響されている。

しかしこの「説」をぶつけてみても、あっさり否定された。

「いや、私1人じゃ絶対育てられないですからね。経済的にも。」

そして、こう続けた。

「と言うより、私、どうしても息子を可愛いと思えなかったんです」

昔の東映の冒頭に映し出される日本海の荒波が岩にぶつかるシーン。

一瞬、そんな絵が浮かんだ。

ああ、これこそ影のご本尊か。

初対面の客によくこんな話するな、と少々呆れもしたが、それ以上に興味の方が勝ってしまう。

聞けば、そもそも結婚する気もないのに妊娠してしまい、そのせいか妊娠中から夫婦仲は険悪。

モトダンの実家からも「子供だけ産んでくれればアナタはどうでも良い」的な扱いを受けていたそうだ。(オマケにモトダンはマザコン)

更に自身の幼少期も「虐待まではいかないけど、親から愛情を感じたことはない(だが内容を聞く限り、完全にネグレクト)」という家庭で育つ。

ある意味ではテンプレート的ではあるが、実際にそのような方から話を聞いたことがなかったので、なかなかショッキングだった。

「大事なものが抜けてるんですよ。自分でそれが分かってたから、子供は置いてきたんです。ある意味では『あの子のため』ですかね」

そう語る横顔にはゾッとする冷たい美しさがあった。

だが、この話には妙な説得力がある。

もし、この女性が子供を引き取っていたら、ネグレクトや虐待に繋がっていたかもしれず、賢明な判断だろう。

 

いつの時代も子供の虐待死のニュースが絶えない。

毒物を飲ませたり、冷水を浴びせたり。

自身も子供がいる立場からすれば、どういう精神構造でこんなことが出来るのか理解出来ないが、この女性のように「母性が欠落」している方は確実にいる。

それは本人のせいなのか?もしくはその親のせいなのか?もしかしたら、その親も親から虐待されていたのかも知れない「負の連鎖」

一体誰が犯人なのだろうか?

 

12時過ぎ。店を後にした。

女性たちが1階まで一緒に降りてくる。

外に出ると、雪がちらついていた。

「ありがとうございました。」

寒い中、肩まで出たドレス姿で客に頭を下げる。

そんな夜のお店の儀式に見送られ歩き出す。

数十メーター進み、何となく振り返るともうそこには誰もいなかった。

美しくも恐ろしい雪女に会ったような不思議な夜だった。

本日のコラムでした。

 

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2月 17th, 2024 by