好意協奏曲 日本の若者も捨てたもんじゃない


中野に良いお店がある。

お客様にそう誘われた。

その日は寒い夜で、店主が出してくれた鍋が五臓六腑に染み渡った。

その後、数軒はしご。

会終了後、11時過ぎ。中野駅から総武線に乗った。

途中の新宿駅で乗ってきた男性二人組に社内がざわつく。

1人は酩酊状態で、かつタオルで額を抑えているのだが、そのタオルには血が滲んでいる。

170cmくらいの瘦せ型の男性。30歳前後。

見るとおでこから血が流れていて、おそらくは酔って転倒でもしたのだろう。

それが「オラオラ系」の格好をした強面の連れに抱えられている。こちらも同世代。

私は座席シートの端に座っていた。

社内の席は適度に混雑しており、数人が立っている状態。つまり席は空いていない。

連れの男性が私の席の隣の「ドア横」に流血男を立たせこう言う。

「ここに寄っかかって!!しっかり立って!!」

お恥ずかしながら、私自身も酔って転んで怪我をしたことがある。

自業自得ではあるが、あればあれで辛いものだ。

そんな経験もあってか、思わず「酷い有様だね、ここに座れば?」と自分の席を譲った。

すると、強面男性が

「ありがとうございます。でも、座らせると寝ちゃうと思うんですよ。家は船橋らしいのですが・・・」

と言う。

「あなたが起こしてあげれば良いじゃない」

「いや、僕はこれから調布に帰らないといけないので」

「えっ?調布?」

その電車は新宿から千葉の方に向かう電車で、調布は真逆。

そして電車は既に発車していた。

私も勢いよく立ち上がった手前、再び座るのもばつが悪い。

会話が続く。

「でも、友達そんなフラフラじゃ危ないよ。座らせた方が良いんじゃない?」

「いや、友達じゃなくて、私もこの人知らないんです。」

二度驚く。

話を聞けば、新宿駅構内で血を流しながら座り込み「転んだだけ」と主張し、警察も病院も拒否する男性を介抱。

家までの路線を聞いて、この電車まで乗せたそうだ。

自分も乗り込み、泥酔男の「収まりの良い場所」を探しているうち、電車のドアが閉まり、自宅とは逆方面に進んでしまった。

今どき、こんなお節介もいるのだな。

どう見てもそんなことをする外見ではないが、人は見た目によらない。

率直に感動した。

新宿を出て数分後、隣の代々木駅に着いた際「ちゃんと帰るんですよ!!」そう言って、彼は電車を降りる。

さて、目の前には血まみれ男が膝をガクガクさせてようやく立っている。

ちょっとした揺れでも酔拳のようにフラフラし、明らかに危なっかしい。

厄介なボールをパスされたようなもので、はてどうしたものか?と思案する。

再び転んで大出血されても目覚めが悪いので「やはり座りなさい」と自分の席に座らせた。

新宿から船橋までは約50分。

座った瞬間に寝てしまったので、確かにこのままでは終着駅の千葉まで行ってしまうだろう。

そして私は、そのかなり手前で降りる。

うーん、どうしたものか・・・

結果

「知ったことではない」

という結論に至った。

電車の中で大怪我するよりは、寒風吹きすさぶ中、始発まで千葉駅構内でうずくまっている方が良かろう。

このあたり私は冷たい。

すると、横の方、元々は私の隣に座っていた男性が、こう申し出てくれた。

「船橋ですよね?私、その一つ先まで行くので、船橋で声かけるようにしますよ」

「えっ、そうですか。それはありがとうございます。」

何故、私が礼を言わないといけないのか?

「お前が言え!!」と酩酊男性の頭を叩きたい衝動に駆られたが、何とか抑える。

20代後半と思われるスッとしたスタイルの男性で、これもまた、そんな世話を焼いてくるようなタイプには見えなかったが、人は見た目によらない。

そしてその数分後、私も目的地に着き、彼に会釈し電車を降りた。

「夕方から強い北風が吹くでしょう」

朝のニュース通り、駅のホームには冷たく強い風が通り過ぎていた。

しかし、何とも温かい気分になった。

どんな事情かは知らないが、酒に飲まれ、地面か壁に喧嘩を売って額から血を流す男性。

それを介抱した強面。そもそもこの人が凄すぎる。

そして席を譲った私、そして目覚まし時計役を買って出てくれたスマートな男性。

好意が好意を呼ぶ協奏曲。

日本の若者もまだ捨てたもんじゃない。

さてあの男性は無事家に辿り着けたのだろうか?

「知ったことではない」

そうも思う。

だが、船橋駅でも「誰か」の好意で自宅まで戻れたような気もするし、そうあって欲しい気もする。

本日のコラムでした。

 

 

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3月 3rd, 2024 by