何気ない一言が、自分の人生に意外な影響を及ぼすことがある。
もう20年以上前になるが、大学を出て間もない頃、私は、とあるITベンチャーで営業をやっていた。
就職して2年目くらいだったと思うが、自分の机にいると代表電話が鳴った。
電話の相手は社長さんで、
「インターネットの件で相談がある」
と言う。
新規案件の引き合いである。
「随分とざっくりした話だな」そう思ったものの、この話の1999年頃は今ほどネットが浸透しておらず、
「インターネット使いたいけど、何をどうして良いか分からない」
というような企業ばかり。
そのため、この手の電話が意外と多かったのである。
先方のオフィスの場所を聞くと、自社のすぐ近く。
もう日が暮れかけていたが、
「じゃあ今から行きますよ」
そんな軽いノリで、訪問した。
応接に通されると、すぐにS社長が入ってくる。
歳のころは40代、身長180cmを超えるスラッとした体型で、仕立ての良いスリーピースのスーツ。薄い茶色のスモークが入った眼鏡をかけ、その姿は
経済ヤクザ
そんな経済ヤクザが
「君、フットワークが軽いな」
と、特徴のある渋い声でニヤッと笑う。しかし目は笑っていない。
こ、これはヤバいところに来てしまった・・・・
ネット詐欺の片棒を担がされるかも・・・(これも当時出始めていた)
完全にビビった。
恐る恐る言う。
「あのー、インターネットのご相談とのことですがぁ・・・」
「ああ、そうなんだよ。インターネットでさ、本を売りたいんだよ」
話を聞くと、S社長の仕事は企業再生で、近頃、経営が傾いた本の卸業を営む会社を買収したそうだ。
しかし、従来と同じことをやっていても将来はない。
そこで、こう考えた。
「何かアメリカにネットで本売って大成功している会社があるんだろ?日本でも同じことをやりたい、そういうわけだ」
ご存知・・・
Amazonである
なんとS社長、Amazonと同じことを日本でやると言う。
「Amazonですよね?」
「そうだ、そうだ、Amazonだ。それが日本に来る前に国内のシェアを取ってしまおう。そういう戦略なんだよ。」
なお、今の時代にこの話を聞くと、荒唐無稽にしか聞こえるかもしれないが、当時はこういう山師のような人が大勢いた。
これは面白い。
どう考えても勝てないが、負け戦こそ男の本懐。
聞けばサイトは既に完成していて、あとはネット環境を整えるだけ(私がやっていた仕事)だそうだ。
ちなみにそのサイトも見せてもらったが、当時にしても・・・
驚くほどしょぼかった
しかし、経済ヤクザを前にしてそうも言えないので、
「な、なるほど。これはAmazonも歯ぎしりするでしょうねぇ」
そう適当に持ち上げておく。
「だろ?」
と喜ぶ社長。
昔も今も社長のご機嫌をとるのは得意なのだ。
S社長は何故か私のことを気に入ってくれたようで、結構な金額の月額サービスを即決で契約してくれた。
ちなみに帰社して2chでそのその社長の名前を調べると、
乗っ取り屋
目がヤバい
などの書き込みがあり、まあ、私の直感は当たらずとも遠からずといったところだろう。
そして、実際のサービス提供が始まると、S社長は分からないことがある度に私を呼びつける。
結構な頻度で訪れていたが、ミーティングの前半はネットについて私がお教えし、逆に後半は、人生とは、男とはということを社長から教わる小一時間。結構楽しかった。
そんなある時、こんな話を聞いた。
確か私が、自社の同僚に対して「使えないんですわ」みたいな話をしたのだと思う。
今思えば、新卒2年目くらいの若造が何を偉そうにと、まさに噴飯ものの話だが、若く、トンガリ坊やだった私としては、周囲をバカにすることで自分の優秀さをアピールしたつもりだったのだろう。
そんな話を聞いてS社長は、一言「うん」といい、こう続けた。
「ダメな奴にこそ感謝しろ」
と。
社長の解説はこうだ。
「世の中、ダメな奴が大勢いるから、ほんの少しだけ優秀な奴が目立てる。」
「考えてみろ、世の男性が全員クリントン(当時の大統領)だったら、俺も君も便所掃除くらいしか仕事ないぞ。その便所掃除ですらクリントン級との取り合いだ。」
もの凄く人を見下した考え方だが、なるほどとは思った。
そのためS社長は、社員がミスをしても、外でコンビニのあんちゃんにぞんざいな態度を取られても、タクシーの運転手がどんなに失礼な奴でも、
絶対怒らない
そうだ。(その見た目とは裏腹に)
それどころか、心の中で
「ダメな君にありがとう。そのままずっとダメでいてくれよ。君のマイナスは俺のプラスだ。」
と拝むらしい。(こっちの方が怖い・・・)
やや歪んではいるものの、言わんとすることは分からなくもない。
何だかとても印象的な話だった。
なお、S社長とのこんな奇妙な相互師弟関係はわずか1年ばかりで終わる。
きっかけは2000年11月。
Amazon上陸
実際にはその手前から資金繰りに窮し、契約してもらったサービスの月額利用料の支払いも滞っていたが、そこに来て「クリントン級」の登場により、会社は敢え無く倒産。
元より漁船が空母に挑むが如き戦いだったが、まさに「吹き飛んだ」という感じだ。
そんな短いお付き合いではあったが、S社長の言葉と倒産劇は、私に様々な教訓を残した。
現実社会であれば、ダメな奴とちょっと優秀な奴の差は激しいが、ネットの世界ではそんな多少の差はたった1人の「クリントン」の前に負ける。
ダメは当然死ぬが「ちょっとだけ優秀」程度では通用しない。
S社長はそこを見誤った。
若い頃からIT業界の悲喜こもごもを見てきたので、ネットで成功することがどれほど難しいかは良く分かっていた。
2004年にITから生保に転じたのも、寡占が生じにくく、個の力、つまりは漁船でも勝負できる業界だったから、という思いがあったのかもしれない。
そういう意味では、S社長の「教え」が私を導いてくれたような気がしなくもない。
本日のコラムでした。
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