戦後から令和へ 保険業界の「懐」とシングルマザー


戸に立つと「帰れ!!」って言って水をかけられてね。

でもそんな時って、即座に子供を庇うのよね。

水を避けようとして背を向けたり、しゃがんでしまったら、おぶってる子供に水がかかってしまう。

だから真正面からザバァーって水を浴びてしまってねぇ。真冬だったから辛かった。

昔はこんな話ばかりだったのよ。笑



今から15年以上前に参加した生命保険業界の会合。

その会合では、保険会社間での交流を目的に、一つのテーブルに色々な会社の営業が座り、夕食を共にする。

その時、たまたま隣に座っておられたA生命のベテランセールスレディー。

当時で既に80歳を超えていらっしゃったが、その話に釘付けになってしまった。

戦争でご主人を亡くし、まだ生まれたばかりのお子さんを抱え、焼け野原の東京でA生命の営業職員募集に応募。

採用担当から、

「そんな小さなお子さんがいたら仕事出来ないよ」

そう言われ不採用とされたが、それからも「頑張ります。なんとか働かせて下さい。」と日参し。その根性を買われて入社したそうだ。

近所に身寄りはなく、当然ながら保育園などもない時代。

襷と風呂敷で赤ん坊を背負い、

「A生命です」

と毎日、個人宅を個別訪問する。

戦後、国の「職業扶助」という方針のもと、大手生命保険会社による戦争未亡人の採用が始まった。

戦前までは男性の仕事だった生命保険のセールスが「女性の仕事」になったのはこれが起源である。

なお、一見、戦争で一家の大黒柱を失った女性への救いの手のように思えるが、その裏側には深刻な国債不信があった。

戦争中、戦時国債を乱発したが、敗戦後のハイパーインフレで紙くずに。

それを買った国民は大きな損失を被る。

しかし、国を再興するには、新たな国債を発行しなくてはいけない。

だが、わずか数年前に「痛い目」を見ていた国民は新政府が発行する国債に極めて懐疑的な目を向けていた。

生の国債では売れない。しかし保険という形に変えれば・・・・

頭の良い誰かが考えたのだろう。

保険の運用は主に国債。

そのため、何としても保険会社に保険(国債)を売ってもらわないといけなかった。

また当時は今と違い「死」がすぐそこにあった時代。

先の大戦で、誰もが家族や親戚、友人を亡くしていて、死は遠いものではなかった。

そのような環境の中、夫を失った戦争未亡人が生命保険の必要性を説く。

これ以上の説得力はなかった。

話は続く。

「たいていの方はね。『大変だね』って言って、話だけは聞いてくれたのよ。『子供はうちに預けて、こ近所まわってきなさい』なんて言ってくれる人もいて」

「ただ、中には『命で商売するな!!』って言ってね。水だか、塩だか、色々な物を投げられたわよ笑、でも、後からお話を伺うと、その方も大切なご家族を戦争で亡くされていて、やっぱり思い出したくなかったんでしょうね。」

小一時間ばかりお話を伺い、私の目は真っ赤になっていた。



それまで、セールスレディなど

「お付き合いだけで保険を売るおばちゃん」

と下に見ていたところがあったが、戦後から生命保険業を支えてきた経験は壮絶で、平和な時代に育った我々には想像もつかないご苦労があった。

「ありがとうございました。良い勉強をさせて頂きました。」

そう言って別れた。

後から聞けば、その女性は「A生命に◯◯あり」と言われる方で、社長、会長も頭が上がらないほどの重鎮。

そうは見えない穏やかな雰囲気の方だったが、名を聞けば誰もが知る企業の契約を一手に引き受け、80歳を超えててなお、毎年トップ10以内に入るほどの成績を挙げていたそうだ。

まだ、この世界に入って2,3年だった私は、生保業界の懐の深さに感銘を受けた。

今朝、NHKのニュースを見ていると、このコロナ禍により、困窮したシングルマザーについて報じられていた。

取材に応じてくれていた数人の中に、保険会社からリストラされたシングルマザーの方が。

コロナによって顧客との面談ができなくなり、かつ勤務時間も短縮。

給与も下がり、会社側から「これじゃ生活できないでしょ?他の仕事を探したら?」とやんわりと退職勧告を受けた、とのことだった。

事実、最近「大手が人を切っているらしい」という話を聞くことが多い。

もちろん、これはリストラされた方からの一方的な話で、会社には会社の都合もあったのだろう。

保険会社は本当に優秀な営業職員を絶対にクビにしないので、無責任な言い方をすれば、過去の勤務態度や成績に問題があり、リストラの候補になってしまったのかもしれない。

ただ、それでも胸が痛む。

大枠で見れば、保険業界で働く仲間であり、その方が困っていると聞けば、何とかならないものか?と思ってしまう。

戦後、多くの戦争未亡人を引き受けた「懐」

今の保険業界にそれはない。

少子化、未婚率の上昇、国債の利回り低下、保険ばなれ。

そこに来て、コロナによる面談の激減。

どこの保険会社も汲々としており、特に訪問に重きを置いてきた大手ほど大変。

余裕はないのかもしれない。

しかし、今こそ「職業扶助」が必要。

こんな時代だからこそ、保険業界の底力を見せてほしい。

先人たちが、罵声と水を浴び、子を背負いながら、作ってきてくれたこの業界の「懐」、それが今試されている。

もちろん私も口だけではない。

都内近郊で、保険会社をリストラされたようなシングルマザーがいれば、是非、連絡してほしい。

一度は不採用になったシングルマザーが、その後50年以上高い業績を挙げた例もある。

それに賭けてみるのも面白い。

本日のコラムでした。



 

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4月 21st, 2021 by