行き先は子供任せ?「決断ゲーム」最果ての駅で感じること・・・


我が家では日曜の子供の面倒は私の役目である。

8歳の姉と4歳の弟、そして父。

3人での外出に際し、イベントやプールなど、色々と企画を立てるのだが、ふと「何も浮かばない」ということがある。

その週、多忙で、本音では「家でゆっくりしたい・・・」などと思っていると、どんな企画も億劫になり、「うーん、何するかねぇ」という感じになってしまうのである。

しかし、子供たちの「今日は何するんだ!!」という突き上げと、妻からの「掃除、洗濯・・・早く出て行ってくれない?」という無言の圧力が前後から迫り、ノーアイディアのまま家を出る羽目になる。

こんな時にはあるゲームを実施する。

「決断ゲーム」

最寄りの駅まで行き、上下どちらの電車に乗るか?どこで降りるか?次に何線に乗り換えるか?

全てを子供たちに決めてもらう。

まず姉、次に弟、という感じで交互に決断。

この時、父は聞かれたことにしか答えない。

「どこの駅まで行けば『乗換』できるのか?」

「この駅の近くには何があるのか?」

この回答すら、スマホを操作し、その結果を伝えるだけで、私自身の主観、例えば「こっちの方が良いと思うよ」とか「この駅には〇〇があって楽しそう」というようなことは一切言わない。

決断と結果、そして責任。

それらを学んで欲しいという父の教育の一環である。

決断 = 最善手の選択

最善手を選ぶ作業が「決断」なのだが、選ぶだけでなく、それを実行し、結果を受け入れることが「力」だ。

その2つで「決断力」となる。

仕事柄、職種も年収も様々な方にお会いするが、一言で言えば「決断力と地位、収入」は比例する。

逆に「決断」だけで、それをやりきれず、更には結果を他人や環境にせいにする「力」がない人はだいたいダメだ。

そんなわけで、子供の頃から決断力を育むために、冒頭のようなヘンテコなゲームをしている。

さて、この決断ゲーム、同じ子供でもその取り組み方に姉と弟でかなりの違いがあり、それが面白いし、そこから学ぶことも多い。

まず、姉は長考、弟は即決。

そして「何故それを選んだのか?」と聞くと、姉は「失敗例」を、弟は「成功例」を参考にしている。

姉の決断プロセスは

「あの時、こっち方面に行ったが楽しくなかったので、これは選ばない」

というもので、いくつかある選択肢から、まず「悪手」を消す。

それでも、2,3は選択肢が残るので、そこでかなり迷うようだ。これが長考に繋がる。

対して弟は、

「前にこっちに行って楽しかったから」

という過去の成功例で選ぶ。

そんなものは選択肢の中に少ないので、だからこそ「即決」なのかもしれない。

このような話を聞いていると「なるほど」と思わざるを得ない。

どんな人でも決断する時には、自身の「経験データベース(以下DB)」を参照し、良し悪しを決定している。

そして、悲しいかな人生においては、成功より失敗の方が「圧倒的」に多い。

つまり、DBは多くの失敗と、少しの成功で構成されていることになり、例えば私くらいの年齢(45歳)になると、DB内の95%は失敗例という感じ。

そのため決断においても、まず悪手だけをばっさり切る。そして、残った中から、成功例に近いものを選ぶという感じだ。

だが、4歳のDBは成功99%で構成されており、失敗など「しょんべん漏らしたらチンチン冷たい」くらいしかない。

そのため、失敗のリスクを考えず過去の成功例、そして直感だけで決断出来る。

しかし8歳にもなると、もう少し高度なDBとなり、大項目として「成功」、「失敗」くらいは色分けされている。

もしかしたら既に失敗の方が多いのかもしれない。(イメージで言えば60:40くらい)

だからこそ、まずは「大きいところ(失敗DB)」からあたりをつける。このあたりは大人と近い。

もしくは「失敗を恐れる」という性格的なものが失敗DBを先参照させているのかもしれないが、いずれにせよ、DBの「使い方」は分かっているということだろう。

思い起こせば、今から2年前くらい(小学校1年)。姉が何事(学校に着ていく服など)も「決められない!」と、パニックを起こしていたことがあったが、DBが一番ゴチャゴチャしていた時期なのかもしれない。

なお、これらは全て「決断」に関することで、これ自体はコツさえつかめば誰でも出来るようになる。しかし、大事なのは「力」だ。

これも両者に大きな違いがある。

このゲームでは最終的にどこかの駅にたどり着く。つまり「結果」だ。

そこに思いもかけないような楽しいものがあることもあれば、「本当に何もない」場所で、昼飯にすら困ることもある。

そんな時、弟は「僕のせいじゃない」と責任を認めず、自身の失敗DBには絶対に登録しようとしない。この強情さはなかなか見上げたものである。

しかし、姉は「熟考の結果、仕方なし」というスタンスで「力」に関しては姉の方がある印象だ。

だが現実問題として、駅前には何もなく、さてどうするか?ということになる。

だが、そこは子供。

降り立った駅がどんなにさびれていようとも、次の瞬間には「何とかその場を楽しむ」というゲームとなり、何かを見つけては、それなりに遊び、楽しむ。その点、子供たちは天才だ。

そういう意味では、決断の結果、どこにたどり着いたとしても「楽しんだ者勝ち」であり、本当の意味での失敗などない。

そんなことにも気づかせてくれるのも、決断ゲームの良いところである。

本日のコラムでした。

 

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8月 13th, 2021 by