1年前、知床を訪れて・・・


ちょうど1年前、家族と知床を旅した。

季節は3月の終わり。もうすぐ春。

それでも知床はまだ冬の最中で、海には流氷が残り、羅臼岳から吹き下ろす凍える強風に身体が吹き飛ばされそうになる。

この風の強さは尋常ではなく、宿泊していた鉄筋コンクリート造の6階建のホテルが揺れるほど。(人に言っても信じてもらえないが、本当の話)

本当にひどい時は、体感的に震度3程度の揺れが断続的に続くのだが、廊下には

「強風により建物が揺れることがございますが、安全には問題ありません。」

と張り紙が貼ってあるだけで、現地のスタッフさんは意に介していない。

しかし、慣れない私は随分と肝を冷やしたものだ。

また、こんなこともあった。

着いた翌日の夕方、ホテルの風呂に入っていると、見ず知らずの宿泊客が

「さっきの見ましたか?」

と話しかけてくる。



聞けば、ホテルまでの道の途中に鹿の飼育場があり、そこで野生の熊が鹿を「喰っていた」のだと言う。

その飼育場は、国道の真横にあるため、見物する車で道は大渋滞。

飼育員も危険なため手出し出来ず、そんな多くの人間たちの目に晒されながらも、熊は悠々と「食事」を続けていたそうだ。

私は前日にその場所を通り過ぎていたため、そのシーンに遭遇することはなかったのだが、私にそのことを教えてくれた方は、興奮冷めやらぬという感じで、自分の見たものを誰かに話したくて仕方がなかったのだろう。

その翌日、雪中のトレッキングツアーに参加したのだが

「熊が出ることもあるので気をつけて。熊が出てきた時は・・・」

というガイドさんのアドバイスにも神妙に耳を傾けざるをえなかった。

わずか数日の間にこんなことが起こる。

陳腐な表現だが、知床の自然は厳しく、その前では人間などほんのちっぽけな存在でしかない。

しかし、本当に美しい場所だった。

だが、コンテンツは少ない。

冬場はほとんどの道が封鎖されているため、ホテルが集まる斜里町が終着点となり、知床半島の先の方にある観光名所(海に面した滝が数か所ある)には物理的にアクセスが出来ない。

特に3月下旬は流氷を砕きながら進む砕氷船の営業も終了しており、かと言って海にはまだ流氷が残っているので、通常の遊覧船も運行していない。

ホテルの方いわく「ちょうど狭間で何も出来ない時期」とのこと。

あと一ヶ月もすれば半島の先の方までいく船が出るので「滝も熊も見れて楽しい」とおっしゃっていた。

「今度は春か夏に来て、船に乗りたいね」

子供たちとそんな話をしていた。

その船が沈んでしまった。

既に多くの犠牲者が出ており、今も懸命の捜索が続いているが、報道では無謀な状況での出航であることが指摘され、人災の側面が強いようだ。

保険の観点から言えば、このような遊覧船は「船客障害賠償責任保険」という保険に加入しており、万が一の時にはこの保険が乗客の被害を賠償してくれる。

ちなみに、船客障害賠償責任保険は

「乗客1名あたりいくらまで」

「トータルでいくらまで」

という上限が決まっており、当然ながら上限が上がるほど保険料は高くなる。

これも報道によると、運行会社は以前から経営状況が悪化しており、それがあの状況での出航を強行した背景ともされている。

ここからは単に個人的な予測でしかないが、そんな会社がちゃんとした補償内容の保険に入っているだろうか?

ダメな経営者ほど目先のコストカットのために保険に手を付ける。

国交省の「旅客船事業の届け出」の審査基準にも保険加入(乗客1人あたり3,000万円以上)が条件となっているため、流石に「入っていない」ということはないだろうが、内容は必要最低限かもしれない。(経験上、そんな気がするだけ。むしろこの予想は外れて欲しい。)

賠償額は相当な金額になるだろうから、保険会社が契約上の「上限一杯まで」支払えば、それを超えた分については運航会社が支払う義務がある。



だが、会社側に支払い余力がない場合、法人、経営者個人に破産されてしまえば、もうどうにもならないだろう・・・

いや、しかしお金の話ではない。

今でも多くの方がオホーツクの冷たい海を漂っており、安否を心配するご家族がいる。

1年前に現地で見ただけに、あの海に放り出される恐怖を思えば言葉もない。

そして、残念ながら知床を訪れる人も減ってしまう。

コロナという長い冬を乗り越え、ようやく上向くはずだった観光業は大打撃。

ある経営者の「判断ミス」がもたらしたものはあまりにも悲惨、そして甚大で、到底1つの会社、1人の人間が償えるものではないだろう・・・

行方不明者のいち早い発見を願うとともに、犠牲になられた方のご冥福をお祈りしたい。

本日のコラムでした。

 

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4月 27th, 2022 by