金融機関に勤める者にとって最も怖いもの。
それは
監査
である。
銀行、証券、保険。
どこの現場でも日々、監査に怯えながら業務をこなしているわけだが、一口に監査と言っても様々なものがある。
例えば生命保険業界の場合で言えば、支社内監査、本社監査、金融庁監査の3つのレベルがある。
支社内監査は営業所長や支社長などの管理職が配下の営業職員向けに行うもので、本社監査は本社の監査部が支社単位でチェックする。
そして最も恐ろしいのが金融庁監査。
通称「臨店」
こちらは監督官庁が文字通り「監督」するために保険会社全体を調査するのだ。
だが、金融庁が支社、支店などの現場に来るのは「よほどのこと」であり、マスコミで報じられるほどの不祥事を起こしたり、もしくは内部通報などで相当に悪質な行為をしているような場合に限られる。
対して自身が所属する「支社」の中だけで行われる支社内監査などは毎月実施され、日頃の勤務態度が悪い社員などは全く関係のないタイミングで個別に受けることもあるのだが、所詮は日ごろ一緒に働く者同士のことなので、そこまで厳しくはない。
やはり嫌なのは本社監査。
原則、1年に1回来る。
20代後半でIT業界から保険業界に入った私だが、当初、本社監査を受けた際には度肝を抜かされた。
入社してから数ヶ月後、その時が来た。
朝、支社に行き扉を開けると、そこには何やら人相の悪い方々が・・・
本社監査部の面々だ。
異様に目つきが悪い。
顔は笑っていても、目が全く笑っていないのだ。
日頃から人を疑ってばかりいるとこういう目になるのか、と妙に感心した記憶がある。
「はい、カバン、携帯、手帳出して。」
そう言われて全てを渡す。
手持ちぶさたで自分の机に行こうとするが、既に自分の机には監査部社員が座っており、勝手に鍵を開けて中をひっくり返しているではないか。
これは見た時はショックだった。
いくら本社とはいえ、人の机を勝手に開けるとは・・・
個を尊重するIT業界では考えられない。
後で知ったことだが、監査では新人が狙われやすい。
まだ業界歴が浅いためルール違反をしていることが多く、厳しくチェックされるのだそうだ。
一応、当時の上司から色々指導は受けてはいたが、そこは超ユルユルのITベンチャーからの転職組。
まあ、出てくる出てくる。
本来はお客様に渡さないといけない書類の控えや、何故そこにあったのか不明な10円玉など。
なお「えっ?10円?駄目なの?」と思われるかもしれないが、これ厳禁。
お金を扱う金融機関では個人の机にお金があることは、イコール
「お客様のお金をネコババしたのではないか?」
という疑義を生むため、最も忌み嫌われる行為の一つである。
実際のところ「仮にネコババしても自分の机に入れておくバカいねーだろ」とか「10円を盗む人はいないよね」などとも思うのだが、そういう問題ではなく「お金」という金融機関にとって最も尊いものを粗雑に扱うことが許されないのだ。
日本人なら天皇陛下の写真をそのあたりに放り投げるようなことはしない。
そんな感覚に近いかもしれない。
と言うわけで死ぬほど怒られた。
後にも先にも、親以外の人からあそこまで怒られたことはなかった。
だが何ともふてぶてしい私は
「何の悪意もない。むしろしっかりと教えなかった上司の責任。」
などと言い放ち、周囲を呆れさせる。
(実際、上司が指導不適切で譴責となり、私は責任は問われなかった。当時の上司のSさん、ホントにごめんなさい)
もう20年も昔の話だ。
だがそれでもその頃はまだ呑気な時代で、本社監査もそこまでは厳しくなかった。
だが時代の変化か、そこからは年々厳密になり、辞める直前などは同じ会社の人間とは思えないほど監査部が強権的になり、監査中にトイレに行くのも「用便願います!!」と言わないといけないほどの緊張感。
ほとんど「受刑者と刑務官」のような感じだった。
ちなみに銀行出身の先輩が、前職で1度だけ臨店を受けたそうだが、その方の話では
「本社監査の10倍厳しい」
らしい。
警視庁やマルサの強制捜査と同様に、朝、大量の金融庁職員がオフィス内になだれ込み、
「はい、電話置いて!!その場から動かないで!!」
と命令され、ちょっとでも動けば「動くなって言ってんだろ!!」と怒鳴られる。
しばらくすると臨店を知らされた本社役員が現地に来て「ご指導宜しくお願い致します!!」と直立不動で挨拶。(どうやら金融庁の方から臨店開始と同時に本社に通達が行くようだ)
あるとあらゆる書類を持っていかれ、ちょっとでも「怪しい」と思われた社員は夜遅くまで会議室に缶詰、同じことを何度も聞かれる。
怖い・・・怖すぎるぞ金融庁・・・
しかし、これだけ厳しくやっても先日のビックモーターや、損保の談合など、不祥事は後を絶たない。
そして新たな不祥事が出る度に、ルールが増え、真面目にやっている人(私とか)の余計な手間が増える・・・
先日、某保険会社の担当者から「これとこれ、金融庁が重点チェックしているので気を付けて下さい」と釘を刺された。
しかし、その保険会社こそ今まさに金融庁が「激おこぷんぷん丸」になっている先であり、反射的に「どの口が言ってんの?」と言ってしまった。
すると、
「下に厳しく、上には甘く。それが保険会社です。我々もただの歯車、ご容赦下さい・・・」
と恥ずかしそうに言われ、思わず笑ってしまった。
つまり、小さな代理店や現場の営業には容赦しないが、大きな代理店とか本社の偉い人には何も言えない、そういうことだろう。
これも日本の縮図か・・・
監査におびえる日々は続く。
本日のコラムでした。
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